幸運にも雲一つない、深夜のワイルドエリア。 ウィンディに騎乗したカブさんと、フライゴンに乗ったオレでそれぞれ地上・空中を監視をしながら、二人体制で見張り塔跡地へ向かう。 「そろそろ見えてくるかな。そちら異常はないかい」 「こちらキバナ、上空30m程を維持していますが、特に異常はありません。強いて言えばフワンテが平均より多いように見えます」 「ああ、今季節風の関係で、どうしてもこの時期になると、他から飛んできたのもここいらに溜まっちゃうみたいでね、害は少ないから特に気にしなくていい」 「そうなんですね、それでしたらそれ以外は異常ないです」 「了解」 ワイヤレストランシーバーで互いの状況を確認し合いながら、夜風の心地よい空を飛翔する。 カブさんとの共同警備は、かなりやりやすい。 ジムリーダーの中でも特に色々なタイプに造詣が深く、ワイルドエリアにも長年関わっているので気象地象の知識も多々ある。トレーナー歴とその努力の成果と言ってしまえばそれまでだが、得難いものであるだけに、多くのトレーナーの尊敬の的となっているのは当然のことだろう。自分もよくその教えを乞うている。 そんな大先輩にもあたるカブさんから、先日相談を受けた。 フライゴンにそのまま前進の指示を出しながら、内容を思い返す。 *** 一昨日の夜 定期ジムリーダー会議後にちょっと話に乗ってくれないか、と誘われて入った異国の小料理屋。カブさんの故郷であるホウエンの物を取り扱う店であるらしく、個性的な料理と共に酒が有名なのは、彼に誘われた多くのジムリーダーが知るところである。 「見張り塔跡地にドラメシヤですか?…あー、この清酒うまいっすね、ちょっと強いですけど」 「しかも3匹、ね。一昨日、見回りのうちのジムトレーナーが報告を挙げてくれてね。近くにいた他のトレーナーがボールを投げたけど、抵抗して姿を消したらしい。…それが気に入ったならこちらの焼酎もおいしいよ。赤verと黒verがあって、赤の方がぼくは好きかな」 「おや登録付で弾かれたのではなく、抵抗だったんですか?…同じ酒で色が違うなんて、なんか今どきのゲームソフトみたいっすね」 「そう、つまりは野生ということだ。そのあとは慌てた様子で見張り塔方面に逃げて行った。多少追いかけたが、すりぬけも相まって姿自体消してしまったらしい。…面白いネーミングの酒だよね。まだいけそうならどうかな、もう一杯」 「迷い込んだにしては、生息域のげきりんの湖から距離がありすぎますね…地形的に間にあるエンジンシティもすり抜けたというのは考えにくい。…あー、じゃあどうせなら最後に頂きます、お勧めの赤verで」 「やはりキバナ君もそう思うか。ドラゴンタイプ独自の移動習性みたいなものがあればと思って聞いてみたけれど…。…食べ物はまだいる?」 「大体のドラゴンは縄張り意識が強いんで、間違って変な方向飛んでってもそのうち巣に帰るんですけどね。巣になんらかのアクシデントがあったとして、それでも近場を離れないやつも多いくらいです。…いや結構腹一杯になったんで、結構です、ありがとうございます。カブさんおすすめのヤキトリもみんなうまかったです」 「そうか…明日また回ってみて、見つからなければ塔内も少し探ってみるかなあ。万一親が探しに来たら厄介だし。…キバナくんてそんなに大きい体なのに意外に控えめな食欲だよね」 「見張り塔跡の中ですか?入れないんじゃないんでしたっけ。…それを言うなら、カブさんはその体の何処にそんなに入るんすかっていうくらいいきますよね…酒の強さは打ち上げで知ってたつもりですが」 「ジムリーダー権限でね、一階部分だけは入れるようにしているんだ。といってもうちの上位トレーナーまでだけれども。二階以降に上がる階段はとっくに壊れているし、崩落の危険もあるので立ち入らないようにしている。…まあ、今年こそは打倒メロン君だけどね!」 「あそこ夜凄いですよね、ゴーストポケモン達。オレもジムチャレンジ時代はよく修行したもんです。…応援はしてますが、無理はしないでくださいよ。マジどんだけシュートの酒場に瓶が転がるんだか」 「無理にレベルの高いゴーストポケモンを捕まえようとしたり、肝試しとかなんとかで遊び半分で入ったトレーナーがポケモン達にいじられて、動けなくなって助けてくれー、なんてことが年数回はあるからね、はは」 「うわあ…カブさんお疲れ様です、マジで」 「もちろん、うちのトレーナーが頑張ってくれているから、ぼくが出るまでの事態になるのは稀だけれどね。あとは…なんでかあの地区は生息ボケモンの割に重大事故や死亡事故は少ないんだ。入域トレーナー数は他と変わらないのにね。塔内に不思議な光を見ただの、怪我をしたらいつの間にか街の入り口に戻って来ていただの、ルミナスメイズの妖精のいたずらみたいな逸話が多い場所でもある」 「心優しいゴーストでもいるんですかね…にしても、初中級トレーナー向けのワイルドエリア区間規則、もっと厳しくした方がいいですか。オレの管轄ンとこ来るくらいになったトレーナーは大半聞き分け良いんですけどねえ」 「次回以降の課題だね、それは」 「あー…、明日はげきりんの湖の夜間見回りがあるので、そちらには行けないんですが、明後日もカブさん行くなら、ご一緒してもいいすか?」 「…いいのかい?ドラゴンタイプ専門家の君に来てもらえるのはかなり嬉しいけれど」 「オレも気になるんで。迷子の迷子のドラメシヤ~だけだったらいいんですけど、カブさんが言うようにドラパルト出現なんてことになったらあのあたりの適正トレーナーには危険でしょうから」 「変に繁殖したり事故が起こる前ににげきりんの湖に戻すのが優先かな…そうだね、じゃあお願いするよ。エンジンジムで待ち合わせして一緒に向かおう。…ところでキバナ君、さっきここの大将に聞いたんだけど、ホウエン焼酎が今度大量に入荷するみたいなんだ。良ければ今度は酒主体で飲まないかい」 「それは遠慮しときます」 「えっ」 「えっ」 「どうして…」 「そんなしょんぼりした顔しないでください!オレ去年末の忘年会どんだけひどい潰れ方したと思ってるんですか!…それでなくとも食事抜きの酒だけなんて、メロンさんとカブさんくらいしか無理です」 「なんだっけ、どっかのポケモンにあたま食べられて気絶してたんだっけ。その時の写真確かグループ通話アプリに残って」 「やっぱり思い出させないでください消してください!」 *** ガラルは他地方に比べて、摩訶不思議な逸話が多いと言われている。 大体はポケモンの仕業であり、ポケモンが広く体系付けされていくに近代につれて小話達は姿を消し、そこからあぶれた御伽噺達が歴史や、現代の暮らしにも多少のいろどりを与えている。 妖精系の話はルミナスメイズの森とアラベスクタウンあたりがその手の話を一手に引き受けているが、亡霊系で有名な場所の一つが見張り塔跡地である。ナックルシティも古い街なりに小噺は多々あるが、あまり害のない、いうなれば絵本向けというか心優しい内容で収まっている。 対してワイルドエリアの逸話はそうはいかない。ただでさえナックルジム管轄の高レベルエリアは言わずもがな、エンジンジム管轄の低~中レベルエリアでも容赦なく人は害され、時には命を落とすこともある。危険な地域ほど足を踏み入れられるトレーナーは少なく、故に面白おかしく尾ひれがついて、妙な評価を受けている地域も少なくない。 そんな中でも見張り塔跡地は、その古びた遺跡の見た目と多くのゴーストタイプの住処であることもあって、いわくつきの場所だった。古代の見張りだった首無し騎士がまだ敵を探してうろついているだの、見つかると襲われるだの、指をさされたら死んでしまうだの。 あそこの塔は過去に手伝いで何回か行ってるが、一度も見たことないんだがな。てか見張りなのにそんな好戦的なのかよ。姿形はゴーストタイプっぽいが、指を指されたらってことはフェアリータイプかねえ。 あれこれ考えながら、ドラメシヤのピンクの角先を探しながら周囲を観察していく。相変わらずの生息数を見せるゴビットやヨワマルたちがうろついている。暗色の多いゴーストタイプの中で、ドラメシヤのカラーリングは多少なりとも見つけやすいはず。 黒々とした木々の合間から、件の見張り塔跡地が見えてくる。この高度で行けば、ちょうど塔屋が見える筈。かなり朽ちた外見は以前見たものと何ら変わりがない。はずだった。 塔屋の下の曲がった窓面に、かすかな明かりが灯っていた。 ゴーストポケモンの放つ燐光とは違う、暖色の照明のような。 「…こちらキバナ、最上階の窓部に明かりのようなものを視認。確認願います」 「ん…地上からは見えないな」 「ちょうど塔がひん曲がってる所の上なんで、上空からじゃないと見えないと思います。ヘイ、ロトム」 自分のスマホロトムを片手で呼び出し、カブさんのスマホに窓を拡大したビデオを同期してもらう。 「人工的なランプに見えるね…揺れているのは、小型ポケモンがいるのかもしれない。ぼくは一旦止まろう、塔から見えない箇所から徒歩で近づく。キバナ君はそのままもう少し近づけるかい」 「若しくは巷で噂のゴースト、ですかね。オレは屋上までそのまま行きます、そこから入れるかもしれない。しっかりした作りだったら、そのままフライゴンを迎えによこしますから、カブさん乗ってきてください」 「…上空からは君に分があるか、了解。崩落の危険があったら無理に入らずに帰還すること、いいね」 了承の返事をして高度を上げ、塔の屋上全体を見渡す。 地上土台部に比べてこちらは古びてはいるが、過度に劣化しているようには見えない。そろり降り立ってみても、軽く足踏みしてみても石畳は振動もせず、難なくキバナの体重を受け止めている。 「ん、強度は大丈夫そうだ。じゃあフライゴン、カブさんを頼むな」 ふるる、と嬉しそうに頬ずりをして、フライゴンはふもとの暗闇まで音もなく滑空していく。余韻のねじれ風を感じながら腰のハイパーボールをなでつければ、フライゴン以外の皆から振動で反応が返ってくる。 昼間のトレーニングバトルに続いて、こうして夜まで捜索に付き合ってくれるパートナー達には感謝しかない。リーグのオフシーズンである今のうちに、彼らには休養と共にしっかりメンテナンスしなければ。 「みんなも頼むな。出してやれるかどうかは分からないが。…はてさて、迷子のドラメシヤか、はたまたデュラハンとでも相まみえますかね」 外から見た様子では、すぐ下の空間が明かりのあった部屋のはず。スマホロトムにサイレントモードとライト点灯を指示しながら、先行して階段に足をかける。 螺旋階段を下るにつれ、ポケモンの鳴き声が耳についてくる。蒸気が抜けるような、燻るような高い音。ドラゴンジムでも複数個体管理しているからすぐに分かる、ドラメシヤだ。しかし数が2、3匹のそれではない。 ビンゴ、だがこの数は戦闘は免れないか、これだけいて親のドラパルトがいないということも考えにくい。そう考えた矢先に階下の部屋へとつながる木の扉が見え、開きっぱなしのそこから身を隠した際に一瞬奥を捉える。 人が、いる。こちらからは長い髪しか見えない。椅子に座って、こちらとは反対の窓の方を向いている。歪んだ窓枠には、おそらくオレが外から見たものだろう古びたランプ。それと大量のドラメシヤ。遊びまわっているのか、座る人物をすり抜けたり、ランプを揺らしたり、好き勝手に飛び回っている。 どうしたものかと思案する間もなく、扉近くのドラメシヤがこちらに気づいて甲高い警告音を発する。舌打ちと腰のボールに手をかけると同時に、椅子に座っていた人物が勢いよく振り向いた。 突然の来訪者に驚いた視線を向けてきたのは、自分とそう歳が変わらなそうな女だった。あまりの非現実感と強い眼差しに射抜かれて、は、と一瞬動きが止まるが、続けて入って来たカブさんの足音で意識が戻る。 「…人か。幻覚の類ではないみたいだね。突然上から君の住まいに邪魔してしまって済まない。ぼくと隣の彼は、君に危害を加える気はない」 こちらの勧告に対する返事はなく、警戒態勢は解かれないまま。 女の頭上に、いつの間にか大きなドラパルトが威嚇の体制をとっている。やはり、いた。さっきまでは透けて見えていなかっただけらしい。この狭い室内で、ドラメシヤ達に指示を出せるドラパルトと対峙するのは、いかにもまずい。 カブさんもそれがわかっているのだろう、ゆっくりと手のひらをボールから離して相手に向け、敵意のないことを訴える。 「…君と話をしたい。もう少し近くに行ってもいいかな」 『〇〇〇!』 「っカブさん、危ない!」 一歩前に足を踏み出したカブさんの足元に亀裂が入り、あっという間に周囲の床が崩れて階下への穴が開く。咄嗟にサインを出してフライゴンの尻尾で体ごと捉え、落下を防ぐ。 普段から救難作業に慣れている頼もしい相棒に心の中で礼を言いながらも、目の前の人間が放った言葉に反応できた自分が、一瞬信じられなかった。 「っすまないキバナ君、フライゴン、助かった。彼女、今なんと?ぼくには分からなかった」 「こちらに注意を飛ばしたんです。その足元は危険だ、と。まさかとは思いますが…古代ガラル語に聞こえます」 「古代、ガラル語?」 「古書や古詩に残ってるのみなんで、歴史系の学者かその卵くらいしか知らないでしょう。オレは宝物庫の関係で大学で齧ってたんで、聞き覚えがありました。…普段から喋る人間なんて、いないはずなんですが」 彼女が指と共に指示した場所へと恐る恐るカブさんごとフライゴンを降ろしながら、自分もゆっくりとそちらへ移動する。足踏みのしぐさをしながら向けられた言葉は、"こちらの場所なら安全です" …やはりナックルユニバーシティ時代に習った、はるか昔の言語。 とりあえずの安全地帯を確保できたことで、自分の脳は冷静に周囲の様子を把握しにかかる。 よくよく見ると自分よりは歳下かも知れない、少女というには大人びた外見。ロングヘアに、ポピーレッド色の意思の強そうな瞳。こちらを助けたは良いが、彼女もオレたちを敵か味方か考えあぐねているのだろう、用心と戸惑いが合い混ぜになった表情をしている。 相変わらず室内全体にドラメシヤが漂っている、その数ざっと20匹以上いるように見える。野生で一気にこの個体数が見られることはないし、なによりレベルが見てわかるほどに幼い。 対して、彼女の頭上に陣取るドラパルト。こちらはかなりの高レベル個体に見える。あとはフワンテ、ゴース等のゴーストタイプ達。数は多くないが、このあたりの生息ポケモン達のようだ。 部屋全体は見張り塔が現役だった時の寝所だろう跡に、多少の生活感がある。木の実籠や水桶、積みあがった本に、中身が入っている水差しとカップ。 『〇〇〇〇、〇〇』 改めて居住まいを正した目の前の彼女が口を開く。咄嗟に何と言ったのかは理解できなかったが、自分の推測は間違いなさそうだ。 長らく忘れていた講義や会話テストを急いで思い返す。深呼吸。あくまで宝物庫研究の一助としての古代語授業だったから、実用的な語句はそう多くはない。それでも、やるしかない。 『私達、あなたを攻撃しません。私の名前は、キバナ。あなたの名前は?』 『!』 目の前の彼女が、明確に驚いた反応を見せる。 『私の名前は。あなたは私の言葉が、分かるのですか』 『少しだけ。こんばんは、はじめまして』 『…、はじめまして』 初心者用の教科書のような会話文、でも確かな反応がある。相変わらずの警戒感はあるにせよ、会話自体は拒絶はしてこない。視線をそらさないままに、隣のカブさんに小声で話しかける。 「通じました。やはりさっきの言葉で間違いないようです」 「そうか。そのまま話をしてもらうことはできるかな。…取りあえず、彼女を街まで保護することは可能かどうか聞きたい」 件のドラメシヤよりもまず、人命救助を第一に差し替えたコメントに、自分も同意する。少なくとも彼女はポケモン達に攻撃されていないが、それでもこれだけゴーストタイプに囲まれては、人としての生命自体が危ぶまれるケースも多い。 「あんまり難しいことは話せませんが、やってみます」 「…スマホの通訳アプリは役に立たない?」 「あれは現行の言語機能しかないんで、無理ですね」 他地方の観光客、トレーナー相手に抜群のお役立ちを見せるロトムの世界言語アプリは、残念ながら今現在使われている主要言語しか翻訳機能がない。話す人間がいないのだから当たり前だといえば当たり前。 ゆっくり、教授が古文を唱える口の動きを思い出して、発音する。 『ここ、危険なので、私達の住むタウンまで来ませんか。私達は食べ物と、寝るところをあなたの為に用意します』 『必要ありません。私はドラパルトとドラメシヤと一緒に、此処に住んでいる。このあたりのポケモンは友人です。理由なく人を襲うことはありません』 『友人ですか、良いですね。私はあなたと話がしたい。あなたの友人の話を聞きたい』 『彼らは、〇〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇』 『ええと、聞き取れませんでした、もう一度』 『あなた方は〇〇、〇〇〇〇、〇〇、』 次々に述べられるワードに、頭がついていけなくなる。彼女も途中でこちらの不得手が分かったのか、短く切って喋りかけてくるようだが、それでも及ばない。見かねたカブさんが大丈夫かい、と声をかけてくる。 「…すみません、文章になると追っつかなくて。こんな流暢な古代語、大学でも聞いたことがない」 「何、意思疎通ができると分かっただけでも儲けものだろう。どうかな、移動してもらえそうだろうか」 「どうでしょうね、どうもここを住処にしているみたいなので」 「本当に?にわかには信じられないが…わかった。彼女の意思が伴わないのであれば、一度ぼく等は離れた方がいいかもしれないな」 赤い瞳が、じ、とオレとカブさんの会話する姿を見つめてくる。とりあえず一定の危険がないことは理解したのか、多少穏やかな雰囲気があたりを漂う。 仕切り直しに軽く頭を振って、再度まっすぐ彼女と向き合う。天井付近に漂うドラパルトはうなり声こそ挙げているが、彼女の指示がないからかそれ以上動こうとしない。人を選ぶ気質の多いドラゴン・ゴーストタイプ両方のタイプもをつドラパルトにこれができるのは、明らかに野生ではない。彼女と良い信頼関係を持っているのだろう。 話が聞きたい、私達の住むタウンまで来ませんか、と繰り返す。 なる女は首を横に振る。申し訳ないがあなた方を信用できない、というニュアンスの語句が並べられる。いきなり見知らぬ男二人とポケモンに来訪されたのだから、妥当な回答だろう。謝罪交じりの拒絶であるあたり、なんらオレ達と変わらない、普通の人間のように見える。 またここに来てもいいですか、と尋ねる。慣れない言語での会話に疲労が溜まるが、これだけは取り付けたい。 少しの沈黙の後に、彼女は初めてオレ達からふい、と視線を外した。そのまま彼女の見やる先に目を向ければ、そういえばしばらく忘れていたオレのパートナーフライゴン、世話焼きの姿。 大量のドラメシヤにたかられているフライゴンが戸惑いながら、それでもなんとか相手をしてやっている。なんとなく、子供のころ遊びに行ったダンデの実家の畑で、派手にすっころんでウールー達にもみくちゃにされた彼の弟を思い出した。彼のように大泣きはしないが、か細い鳴き声で助けてくれとこちらに縋るような視線を送ってくるフライゴンは、バトル時の勇ましさのかけらもない。 彼女はほんの少しだけ微笑みながら、その様子を眺めていた。その横顔があまりに優しげで、また非現実感に襲われる。 『どちらでも、ご自由にどうぞ。ドラメシヤ達があなたのフライゴンに興味があるみたいです。同じドラゴンだからか…』 『ありがとう。また、来ます』 『何もありませんが』 「…移動はしませんが、ここにまた来てもよいそうです。一度出直しますか」 「そ、そうかよかった。うん、そうだね。再度ゆっくり時間をとった方がよさそうだ」 カブさんの珍しく戸惑った声に振り返れば、残りのドラメシヤ達に前髪と後頭部をもぐもぐされていた。ちょっとうらやましい。 それから何とかなけなしの会話を続け、木の実を持ってくることで彼女とまた"おはなし"する権利を取り付けた。学生時代に受けた、どのテストとも比べ物にないほどの疲労感。 マジで机上の知識は実践がないと役に立たない、とはよく言ったもので。頭痛と一緒に理解しつくした。 麓までだからと、自分とカブさんを担いだフライゴンが離陸体制に入る。風が螺旋状に渦巻き、落下防止の安全帯をしっかりと止めた相棒の首輪に手を添えた時、屋上まで見送りに来た彼女がほろりと言葉をこぼした。 「え…と、昼ここ、ポケモン、少ない。安全です」 「え、…オレ達の言葉が分かりますか」 「…少しだけ、」 すう、と赤い瞳が悪戯っぽく細められた瞬間にフライゴンが跳躍し、そのまま風に乗る。こちらの驚きなんかなんのその、みるみる彼女の姿が遠くなり、塔も遠ざかっていつものワイルドエリアの夜景が辺りを包む。とは言え大人二人は荷が重すぎるので、近くの岩場に下降、ついでにクールタイムがてら小休憩。 あとは、来た時と同じようにウインディとフライゴンで帰宅するだけだ。 「…見張り塔のゴースト、足も透けていない、魔法も使わない、人間でしたね」 「それでもゴーストポケモン達にあんなに集られて平気にしているのは、未だに信じられないね…。ぼくなんか未だに妖精か何かの類かと疑ってるくらいだ。いや本当、今日はキバナ君に来てもらってよかった。ぼくじゃあどうにもならなかった」 「だいぶ予想と違う役に立ち方しましたけどね…なんにせよ、穏便にすんでよかった。なにより彼女に攻撃の意思がなくてよかった。あの足場が不安定な塔で一斉に攻撃されたらかなりの被害でしたから。カブさんポケモン達を窓の外に控えてくれていたでしょう。オレは全く周囲見れてなかったんで、助かりました」 塔から脱出した時に分かったことだが、外壁沿いにマルヤクデとエンニュートが這いつくばって待機していた。飛び立つ瞬間にカブさんが彼らをボールに戻して初めて、自分が身一つしか警戒できていなかったのを理解する。こういう危機管理能力が、ワイルドエリアの事故や救難の強力な一助となるのは間違いない。 「杞憂だったけどね、念のため。それにしても、あの女性…さんといったかな、彼女自身がぼくに注意喚起をしたのは些か驚いた。そのまま放っておけば、確実に侵入者を排除できたのにね。近づいてもドラパルトに攻撃させようとしなかった。少なくともトラップや悪意を持っている類ではないように見える」 「そうですね、話した感じも同感です。オレ達が最初に敵意がないと言ったからかもしれませんが。カブさん、よければオレにまた話に行かせてもらえませんか。…あのドラメシヤの状態も、彼女の言語も、もちろん彼女の身の安全も、オレ興味あります」 糖分補給用の飴玉を複数、行儀悪くかみ砕く。 迷子のポケモンを追った先であんな出会いをするとは、予想しなさすぎる。謎が倍以上に大きい謎になってしっぺ返しを食らった気分だ。 なぜあの場所に、大量のドラメシヤ達と一緒に?何故古い言葉を話せる?なんでオレたちの言葉も喋れる?彼女は何をして暮らしている?彼女は何が好き?…全くもって、会話が足らない。 「ぼくからもキバナ君に頼みたい。ナックルシティからは多少遠いから大変だと思うけれど…三匹ならいざ知らず、あれだけ大量のドラメシヤ達を見てしまっては、やはり君が適任だろう。もちろん彼女のことも。ぼくもできるだけ行きたいが…まいったな、コミュニケーションに大分難があるなあ」 「なんだったらうちのジム、キュレーター資格持ち何人かいるんで、落ち着いたら同行させますよ。リョウタあたりなんかは、オレと同じくらい会話できるはずです」 「ほんとう?それは頼もしい。はは、古代ガラル語か…ホウエンからこっちに来た時も言葉に苦労したけど、またこうなるとは、ね」 「カブさん既にホウエン語とカントー語、ガラル語のトライリンガルじゃないですか。毎年リーグの観光案内ブックでは大活躍なんですから。今回は、たまたまオレの研究分野の被りでお役に立てて良かったです。っと、このあたりまでくれば大丈夫ですかね」 「ああ、ありがとう並走して送ってくれて。あらためて、今日はありがとう、キバナ君。フライゴンも。君たちのおかげで無事に帰れたといってもいい」 ドラメシヤの件は一度リーグへの報告は保留して、もう少しぼく達が事態を把握してからということで良いかな、とカブさんは続けて述べた。おおむね同感だった。今報告したところで、あんだけ個体数がいたら調査隊が組まれてもおかしくない。無理な調査は彼女とも軋轢を生む。無用のバトルや興味本位の接触は、なるべく避けたい。 「オレは…次は三日後の日中ならジムトレーニング終わり次第予定空いてますんで、もう一回彼女…を尋ねようと思います。で、カブさんに報告入れます」 「ありがたい。エンジンジムも力になれることがあれば、何でも言ってほしい」 「ありがとうございます。じゃあ、また」 カブさんと別れ、あくびを噛み殺しながらナックルシティの自邸へと急ぐ。 今日のは臨時の巡回、明日は通常通り朝からのジム勤務だから、今からでも睡眠をとらなければならない。ポケモン達は午後まで寝かせてやった方がいいだろう。宵闇の先に、見慣れた鶴翼型のナックル城塞のライトアップが見えてくる。ここまでくればあともう少し。 ちらりとげきりんの湖がある方向を見る、黒一色で全く景色は見えないが。ガラル本土ではそこにしか生息しない筈のドラメシヤは、他のポケモンに比べて極端に目撃数が少ない。自身の手持ちであるヌメラと同じくらいのレアポケモンとして、一部のトレーナーが無理にゲットしようとして遭難の泣きを見ることは少なくない。 己の力量を高めるために必死なんだと言えば聞こえはいいが、大半はその尻拭いがリーグの警備員であり、キバナ達ドラゴンジムであるのだから、あまり手放しで喜べない。 万一捕まえられたにしても、ドラゴンタイプ特有の気難しさと育ちの遅さに、育成自体を諦めたトレーナー達をこれまで何人見てきたことか。 きっと彼女なら、あんなに優しそうな目をポケモン達に向ける彼女ならそんなことしないんだろうな。 「フフッデュラハンじゃなくて、妖精だったなあ、フライゴン」 ふる、と小さく反応した飛行中のフライゴンの首の短い毛が、ドラメシヤに好き勝手につつかれたせいか四方八方にささくれ立っている。安全帯をつかんでいない方の手で綺麗に撫で付けてやれば、嬉しそうに身を捩って唸り声をあげた。 まだ、夢の中にいるみたいだ。赤色の強い双眸が、小さく微笑む表情が、頭から離れない。 ―――――――――――――――――――――― ▼主人公 19歳くらい 摩訶不思議な言葉を話すおんなのこ キバナ達の喋る現代語もちょっといけるけど、ぴよぴよレベル ポケモンが言ってることがなんとなくわかる ドラメシヤ達に囲まれて寂しくはない、お客さんが来てびっくり 何にもない家なのにまた来ると言われてまたびっくり 初めて実物を見たドラパルト以外のドラゴンに興味津々 手持ち?ドラパルト っょぃ 手持ち?ドラメシヤたくさん なんか黄緑の竜の友達ができてうれしい ▼トップジムリーダー キバナ 20代前半くらい きっといろんな言語を操れる夢を見ている 学生時代必修だった古代語は優秀な成績取ったけどいきなり実地テストなんて聞いてない。会話はおこさまレベル 迷子のポケモンを追っていったらまさかの人間と出会ってびっくり なんなら自分より少し年下くらいの女の子でまたびっくり、興味津々 と知り合ったことは後悔していないが、学生以来のお勉強時間激増に悩まされることになる ▼エンジンジムリーダー カブ 40台前半くらい ぜっったいに呑兵衛、誰が言おうとワク。メロンと共に忘年会の酒のトップジムリーダーは譲らない あんな若い勢が多いジムリ内では絶対頼りになるおじさま 地味に怪談の類は苦手だったので、思ったより普通な外見のでこっそり安心したけど、不思議な部分が多すぎてちょっとまだ疑っている。フェアリー的な意味で 自分がよそから招待されてきたこともあり、異国の言語を習得する大変さは身に染みている リーグ会報とかの他地方向けガイドと、毎度チョイスの渋い案内コラムが人気 ―――――――――――――――――――――― ← ▼menu → |