オフシーズンとはいえ、ジムリーダーの仕事は尽きない。

リーグや他のジムとの報告・情報交換の会議は定期的にあるし、オンシーズンに散々好き勝手したスタジアムの設備の修繕、補強とその予算組。前期チャレンジャーの合格率や動向の総括、エトセトラ、エトセトラ。勿論、通年業務のワイルドエリア警備と宝物庫の運営も。最近はバトルタワートップに就任して更にアクティブになったダンデによる、ガラルスタートーナメントなんて行事も増えた。

それに加えてここ数日、寝る前の勉強タイムが地味に響いている。言わずもがな、との出会いが原因だ。流石にポケモン達のメンテナンスや仕事に響かせない程度には制御しているが、私生活がちょっぴり削れて、じわじわ疲労が蓄積しているのは否めない。

調整できないわけではないから、ちゃんと休息の時間を作って久々にワイルドエリアでキャンプでもしたい。


「あれなんて言うんだっけ…そうそう、○○…辞書、あ~ロッカーに置いてきた…」

「キバナ様、先週分のワイルドエリア事故完了対応リスト、ご確認いただきたいのですが」

「あー、レナ、ごめんぼーっとしてて。見る」

「大丈夫ですか、お疲れですか」

「最近ちょっとイレギュラーなことが続いててな…おれ、クスネにつままれてないよね?」

「頬っぺた引っ張りますか?」

「おねがい、っいだだだ普通に痛いわ。現実だわ」

「このあいだ、エンジンジムリーダーと夜間のワイルドエリアに臨時出勤されましたよね。何かトラブルがあったんですか?夜勤からそのまま日中作業に出られることも多いので…少し休まれては」

「そうね、やばくなったらそうするわ。体力的にはたいしたことないんだけど、アタマ一杯使うから…最近、妖精さんと会ってて」

「妖精さん、ですか。…リョウタ先輩、キバナ様を仮眠室にお連れしたいのですが」

「いや大丈夫、オレは大丈夫よ。はいハンコ。リョウタもほら、ペリッパー出さない。まさかとは思うけど、そのクチバシにオレさまを入れてくつもり!?」

「飛ぶことはさすがにできませんが、這いずりながら移動させることはできますので。去年のジムリーダー忘年会で、潰れたキバナ様を仮眠スペースまで運んだのはこの子ですよ」

「知らなかった!?マジか、ありがとうペリッパー、オレさま重かったろ、…あっ、だからたまにオレの事丸のみしようとしてくんのか!?」

「上半身だけなら入ったんですが、ついでにどこまで入るのか興味を持っちゃったみたいで…」

「知りたくなかったその理由。じゃなくて、…ちょうどいいから、皆に話しておくかな」


思いっきり伸びをしてたるんだ頭と体に喝を入れ、ジムリーダーと上位トレーナー専用の執務室を見回す。ん、全員いる。悪いけど、昼飯おごるから、昼休憩の時間くれないか。そう言えば、了承の返事がすぐさま三人分挙げられる。んー、オレさまのジムトレ達、みんなすなお。


「リョウタ、レナ、ヒトミ。ドラゴンジムの上位トレーナーであり、宝物庫キュレーター及びそれを目指す者達として、話しておきたいことがある。一応まだオフレコでな」


題目は勿論、遅かれ早かれうちとエンジンジムに関わることになるだろう、見張り塔跡地の住民達について。保護はまだまだ未確定だが、とりあえずお互いの上位ジムトレには先んじて話しておこうと、報告ついでに先日カブさんと決めたばかりだった。ドラゴンジムは宝物庫も管轄のため、必然的に古代ガラル語の知識や資格がある職員も多い。借りられる知恵は多い方がありがたかった。

馴染みのピザ屋にデリバリーを頼んで、休憩室に全員で腰を落ち着けたのを確認し、状況を掻い摘んで説明する。


初見でその個体数に驚いたドラメシヤは、結局24匹いた。そしてドラパルトはやはりというか、彼等の母親だった。頭のポッドをはるかにしのぐ個体数に疑問をこぼせば、やはりイレギュラーな事なのかから長い長い説明が返ってきたが、その場では理解が及ばなかった。幸いその辺の紙に文章で書き留めてくれたので、今日も家に帰れば翻訳の宿題が待っている。

…ちなみになんでもない紙と思ってたら、裏に古びた活字跡が残っていた。宝物修復メンバーが見たら泣くな、これ。

とドラパルト、ドラメシヤはモンスターボールを介していないものの家族同然で、意思疎通は不思議なほどにできているようだった。3匹の迷子の話をしたら、心当たりがあるのか無闇に目立つところを散歩しないよう注意しておく、と言っていた。他にも室内にはたくさんのゴーストポケモン達がいたが、近場から遊びにきたり食べ物を貰いに来るくらいで、特に命の危機はなさそうだった。

彼女達は本当に、あの見張り塔の部屋で暮らしていた。

地上からは塔のねじれで上部が見えず、全体を見るにもかなり距離をとらないといけない。オレがそうしたように、上から来ないと把握できない位置に彼女たちの住処はあった。げきりんの湖やキバ湖の瞳ように、歩いて行けない場所でもないと飛んで移動するトレーナーもいないだろうから、案外いい立地だと思った。

ドラパルトに乗って塔の上から出入りし、木の実や薬草、川の水の採取、たまに弱ったトレーナーを助けたこともあるという。街の中までは入れないから、出入り門の周辺に分かるように置いて行ったとか。

見張り塔の中には小さな書斎じみたものもあって、部屋に籠るときは日がな一日そこの本を読んでいるらしい。間違いなくここの文化財と同じくらい古びている書物の歴史的価値は一旦置いておくとして、ともかく、それが大体の彼女達の生活だった。


「今言えるのはこれくらいかな。現時点では住人の安全はとれているとして、街への保護は一旦なしの様子見。ドラメシヤは、げきりんの湖に返すにしても数が多すぎるんで、これも保留。里親とポケジョブ職に出すのが一番現実的かとカブさんと話しちゃいるが…どうするかは今後の話し合い次第」

「…もしかして最近宝物庫の古ガラル語字引と活用辞典がずっと貸し出し中なのって、」

「そう!あのクソ重い上中下巻、あれがないとろくに話もできないんでな、悪ィけど借りっぱにしてる。フライゴンにはさんざん文句言われてるが」

「本当に喋れるんですねその方…びっくりです。ナックルユニバーシティの言語学でキバナ様以上の成績とる人間なんてそういないんじゃないですか?」

「あの授業は書き物を読むのが専門だからなあ…オレも最初びっくりしたよ。それこそ御伽噺の登場人物かと思ったもんさ。だけど、それ以外は至って普通なの。持ってったサンドイッチはもさもさ食うし、ポケじゃらしあげたらドラメシヤにワンサカ群がられて遊び倒してた」

「急にかわいくなりましたね」

「そう、可愛いらしいんだよなあ、妖精さん」


塔での驚きの出会い以降、オレさまは仕事の合間を縫っては妖精さんこと、の元に行っている。と言ってもまだ2回だが。

とりあえず、至って普通のコミュニケーションをとる作戦にした。相手の懐に入るためには、まず自分がオープンにならなきゃ始まらない。ガラル紳士の会話の基本でもある。

2回目は思春期以下のティーンみたいな、あらためての自己紹介。街の物は珍しいかと思ってナックル名物の軽食をいくつか持って行ったら、サンドイッチが気に入ったらしい、小さな口にほおばって中々微笑ましかった。ドラパルトは慣れない発音で舌?んだ俺を鼻で笑っていた。こちとら数年越しの復習なんだから、大目に見てほしい。

3回目は、ポケモントレーナーとしてのキバナ。オレさまのパートナー達を紹介をした。さすがに全員は見せられなかったが、その場で見せれたフライゴンとジュラルドンはと早々に仲良くなっていた。お前ら懐くの早くないか。彼女のお手製木の実クッキーの所為か?確かにあれはうまかった。

ポケモンバトルの話をした時、ドラパルトは不服そうに鼻を鳴らしていた。鍛えられてそうに見えるのに、あまり戦うのは好きではないのかもしれない。最後にポケじゃらしをあげたら、そこにいたポケモン達全員が大興奮していた。あまりのじゃれつかれ具合に、の身の安全がちょっと心配になった。


「え?女の子なんですか?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「聞いてないです…てっきりそんな言葉遣いなら老年の方なのかと思いました」

「多分オレのちょっと下くらい…ヒトミと同じくらいか?、あ、リョウタ、ピザ来た?」

「えええ、それってどういう生い立ちなんですか、学校とか」

「それはまだ分からないな、とりあえずお近づきの軽い会話しかできてないから。そんな訳だから、もうちょっと話ができるようになって、またカブさんが行くときに、リョウタも予定が合えば行ってもらいたいのよ。歴史学科のオレと違ってリョウタは言語専門だから、オレより語彙は多いだろうし」

「ピザ来ました。今切り分けてるのですぐ配りますね。…連れて行って頂けるのは光栄ですが、キバナ様がそんな具合なのに、自分が同行してお役に立てるのかどうか」

「大丈夫、大丈夫。、もう簡単な日常会話は喋れるから。現代語で」

「えっそうなんですか」

「オレも古代語勉強し直しちゃいるが、圧倒的に彼女の語学力の方が早い。多分あっちが喋れるようになる方が早い。昔は普通に話せてたんじゃないかなあ」

「ますます気になりますね…」

「だよなあ」

「シーフードもらっていいですか」

「あ、オレさま肉マトマの奴がいい」

「じゃあ私はチーズピザで」

次々延ばされる手によってどんどん取り分けられていく。自分の隣には、飲み物まで持ってきて着席したものの、考え事にハマってしまったリョウタ。おい、あったかいピザを目の前にして停止するんじゃない。


「古代語が喋れて、現代語も昔喋ってた…?歴史的に話者の時代は重なっていないはずですよね…?それにそんなに若い人が、」

「あー、リョウタ、昼飯時に話したオレも悪いが、一旦食おう。でないとレナとヒトミに全部?っ攫われるぞ」

「リョウタ先輩ごちそうさまです!」

「なっ、ぼくも食べますよ!午前中飛び入りのプレス対応してけっこうな空腹なんですから」

「それに関してはすまん、マジで恩に着るリョウタ様。こちらのナゲットをどうぞ」


キバナ自身、SNSで積極的に情報発信をしているつもりだが、それでは物足りないインタビュアーがアポもなく、あわよくば自分だけのコメントを、とジムまで突撃してくることは少なくない。ジムリーダーになったばかりの頃はこれも有名税かと思ってそれなりに対応していたが、そのうちこうして手の空いているスタッフにあしらってもらうような事態になっている。

筆頭対応者はリョウタ。一見気弱そうな柔和な見てくれの割に、相手の要求を一切認めずバッサリ取材NGを突きつける、その卓越した塩対応具合に一部ではファンまでいるとか、何とか。なかなか頼もしい。が、中身はやっぱりそれなりにお疲れのようだ。どうしたものかね。

あっ、パターンいいんじゃねえか。ワタシガラル語ワカリマセーンパターン。…ジムトレには無理か。


「こちらのサラダもどうぞ、先輩。ジムリーダー就任時より減ったとはいえ、忘れたころに出ますねえ、キバナ様の熱愛疑惑」

「ほんとなあ、オンシーズンに出た時は流石に目を疑ったぜ。あいつらにゃヌメルゴンがオレ様の彼女に見えてるんかって言いたかった」

「間違っちゃいないですけど…それならキバナ様のポケモン全部を彼女紹介しなきゃですもんね」

「それでまたポケモンと私どっちが大事なの!パターンに陥るわけですね」

「ヒトミ、そんな本当のことをはっきりと言っては、」

「ここにオレさまの味方はいねえのか…あーまじ、彼女ってモンを束縛したいとは思わねえけど、オレ自体にだいぶ制約があるのは事実だからなあ…」

「それに関してはご愁傷様です…ジムリーダーの仕事を少しでも多く肩代わりできると良いのですが。このピザ、相変わらずおいしいですね」

「いんや、十分リョウタたちはやってくれてるよ。バトルのこだわりはどうしようもないしなぁ。最初に食った辛いやつも結構いけたぜ。まだなら食ってみ」


愚痴ついでに、何枚目かのシーフードピザ片手にアイスティーを飲み干す。ナックル星付レストラン常連のピッツェリアは、先代同士が仲が良かったことも相まって、今でも特別にジムまで配達手配をしてくれる大変ありがたい存在だ。繁忙期は特に、これのおかげで乗り切れた時も多々ある。

…これ、に持っていったら喜ぶかな。


「あの老舗ピッツェリア店、いつも満員なのに優先的にジムの予約回してくれて有り難いです」

「今度なんかお礼持ってくかな、あそこの店主に」

「また次の注文が大盛になって帰ってきますね」

「キリがねぇ~」



長年木の実とその加工品、自家製のパン程度で暮らしてきたらしいは、食べ物が一番早く目につくギャップだった。サンドイッチ程度の簡単で素材が目に見えるものは食べるが、加工品には警戒して手を付けない。

ピザなら、パンに食材を載せて焼いたものだし、彼女も食べられるのではないだろうか。アツアツでないともったいないから、いつの日か、彼女がこの街に来てくれた時に。

そこまで考えて、随分自分は彼女に気に入られようとしているな、と考えた。恒例になりつつある小さな手土産も、戸惑いながら返される返礼代わりのささやかなお菓子も、楽しみに思っている自分がいる。

珍しいドラゴンポケモンの保護主として?言語学的な貴重さ?

おそらく、両方。だが、何となくそれだけではない気がした。



***



「ハイ、、ご機嫌いかが…あれ、いねえ」


快晴の日、通算4度目の来訪となる、見張り塔跡地内の部屋。到着を告げるべく、開け放してある扉を軽く叩く。塔の主は不在で、いつも整頓されている居室の中にはドラメシヤたちだけ。


「今日も邪魔するな、坊やたち」


分かっているのかただの応答か、沢山の鳴き声が四方八方からとんでくる。家主の不在は初めてだが、時間は決めていないものの、今日の太陽が高くなった時に、とは伝えてあるので、そのうち戻ってくるだろう。

重く大きい鞄にご機嫌斜めなフライゴンをなだめながら、トレードマークのバンダナを外して、彼女の定位置である木椅子に腰かける。机の上には読みかけの本が開かれている。ナックルにあったらすぐさま重要資料のフダがつけられそうな、掠れた文字群。

保護手袋なんか持ってきてないから、丁寧に振動を与えないように、ページを捲っていく。ドラメシヤが2、3匹紙面に乗っかってちょっかいをかけてきたが、青白いスケスケボディであまり邪魔になっていない。下あご部分を撫でてやれば、みゃ~んと何とも言えない声を出して震えた。

彼女ならいとも簡単に読み下すのだろうが、残念ながら重い辞書を未だ鞄に入れっぱなしの自分では、部分的な単語しか分からない。


「『モモン』、『天日』、『果皮』…?料理本か。あー、読みてえ…ここにあいつらがいたらなあ」


ジムが休みの日には専ら宝物庫の倉庫に顔を出している顔ぶれを思い出して、ため息をつく。パンが口からはみ出てもお構いなしに本に熱中するリョウタ。こういう綻びたページを器用に貼り継いで美装するレナ。知識欲が旺盛で、よく参考本に埋もれがちなヒトミ。それ以外の宝物庫メンバーにとっても、ここにある本や家財は垂涎ものだろう。

ふと、だいぶ前にダンデ伝いに紹介されたソニア博士を思い出す。彼女は遺物というよりはポケモンにまつわる事象が専門だが、先のブラックナイト事件まわりの言動を見るに、古代ガラル文化にも当然噛んでいる。のことをリーグに周知した後に機会があったら、話してみるのもいいかもしれない。ダンデと一緒にひと談義でもすれば、それなりの見解は聞けるだろう。

今まで荒らされていないのが奇跡なくらいに、ここは当時のまま残っているように見えた。ドラメシヤ達が一体一体は非力な所為か、あまり粗相してなさそうなのも幸いだろう。ここにいるのがヌメラとヌメルゴンでなくてよかったと、ほんの一瞬だけ考えた。本人を前にしては口が裂けても言えないが。ごめんという意味を込めて、腰のボールを撫でる。



パラパラと分からないなりにページを進めていくと、羽音というより鈍い重低音が近づいてきて、天井の石畳が僅か振動する。いくらかもしないうちにパタパタと足音が下ってきて、家主とドラパルトが入口から顔をのぞかせた。

既に部屋で寛いでいた自分をみて、ぱっと笑う。キバナが威圧感さえある上背の大男であるのは、彼女にはあまり関係がないらしい。今までほとんど人と触れ合ってこなかったからか、変な偏見がないのか。最初の時にカブさんが隣にいてくれたからか。

何れにせよ、住処に招いて、笑顔を向けてもいい客に自分が昇格されているのは素直に嬉しい。


『こんにちは、キバナ』

『ごきげんよう、調子はどうだ?』

『元気です、天気が良くて、嬉しくて。キバナはご機嫌いかが?』

『悪くない。今日も会えてよかった』


最近は気恥ずかしさもとれ、すっかり慣れてきた古代ガラル語お決まりの挨拶。ほぼ定型文だが、よどみない会話の行き来に自然と目尻も下がる。


『喧嘩したフワンテが○○して木に引っかかってたので、助けてたら遅くなっちゃいました。待たせてごめんなさい』

『気にしないで、お疲れ様。○○っていうのはどういう意味?』


少し考えて、はくしゃくしゃ、むぎゅう、びよーん、と手を絡ませた。分かりやすい仕草に思わず笑ったら、ちょっと不満気な表情になった。しまった、あんまり可愛くてつい本音が出た。


『もう、』

『ごめん、ごめん、もうしない』

『別に、良いです。そういえば今日はドライフルーツがあるけれど、食べますか?』

『食べたい。が作ったの?』

『レシピがあるので、それを見ながら』


あれ、と指さされたのは、先ほどまで自分が眺めていた本。年代物の割に身近な内容に面白くなりながら、こちらも目当てのものを鞄から取り出す。

今日の為に選んだ妖精さんへのギフトは、ナックルで長い歴史を誇る、かつては王族ご用達でもあったらしい名店の紅茶。ナックル紳士としては欠かせない一品でもあるので、いつかは持ってきたいと準備したものだ。

皿にフルーツを並べていくを片隅に、かまどを借りて湯を沸かし、茶葉をゆっくりと蒸らしながら芳醇な香りを肺一杯に吸い込む。毎日起き抜けに楽しんでいるこの茶葉は、キバナの朝には欠かせない。ドラメシヤ達もスンスンと不思議そうに蒸気を嗅いでいる。


お互いの出し物の用意が済んだら、二人でローテーブルにむかって腰かけて、今日の"おはなし"タイムのはじまりだ。紅茶の文化に明るくない彼女の為に、飲みやすいと思う塩梅まで角砂糖を溶かして、カップを渡す。


『…おいしい。この不思議な香り、初めてですが落ち着きます』

『口にあってよかった。缶は置いていくから、飲んで、もしよかったら。このドライフルーツも味が濃くておいしい。これはヒメリとモモン?』

『それとキーの実、かな。休日に食べるお菓子として、このあたりの伝統的なラインナップみたいです』


一緒に楽しむと紅茶に木の実の風味が混ざって、思わぬマリアージュに笑い交じりの雑談がすすむ。この間のクッキーと一緒にレシピを聞いてみれば、本をそのまま貸してくれるというので、もう聞いてもいいか、と口を開く。


『…は、どうしてそんなに話せるの?』

『話せる、というのは?』

『古代ガラル語…と呼ばれている、今話してる、この言葉。オレの街では喋れる人、ほとんどいない』


少し悩んだそぶりをして、んん、と咳払いする。彼女が現代語を、オレの言葉に合わせてくれる合図。

頻繁に分厚い辞典のお世話になるオレを見かねたのか、はたまた自分も喋りたいと思いはじめたのか、最近はこうして交代するように現代語で話してくれることがある。身振り手振りを交えて知っていることを教え合うのは、学生時代の気の置けない友人のようで、何とも心地いい。



「ええと、私には、先生がいました」

「先生?、学校に行っていたの?」

「行っていないです。私が彼女…ドラパルトとこの塔、たどり着いた時、先生は一人で住んでいました」


やおら立ち上がって本棚からあれでもない、これでもないと探し始める。彼女がここに住んでいると聞いた時は大いに驚いたが、先人がいたらしい。生活様式の一切をワイルドエリアに頼った生活はできなくはないが、それでも近代化した街から切り離されて暮らすのは中々難しいだろうに。


目当てらしき本の中からさらに目的の箇所を指して、テーブル広げる。そこに刷られていたのは、このあたりでも極稀に巣穴での目撃情報があり、オレのライバルも所持している強力なポケモン、ギルガルドの版画だった。そんなのがこの塔に住み着いていたのだとしたら、気性が荒く呪い体質の奴も多いのに、よくまあ無事でいれたものだ。



「彼が私の先生です」

「…彼が?」

「私が、この言葉を、責めて?しかられて??えっと、すみません、難しくて言えないです。…喋りたくなかった時に、じゃあ僕のなら違う言語だから、いいんじゃないかって。それで、彼に教わりました。言葉と、いろいろな、暮らし方も」

「ギルガルドが、そう言ったの?」

「最初はこんな姿じゃなかったと、先生は言いました。ここで長く見張り番をしていたら、いつの間にか自分の剣と、一体になってしまったらしいです…あの、私の言っていること、おかしいですか?」

「んや…ちょっと、驚いてるだけだから、大丈夫」


どうして叱られたの、と聞くことは憚られた。の内面に踏み込むのはまだ早い気がした。

眉間を親指と人差し指でもみほぐし、深く息を吐く。現代語になったことでより端的になった彼女の言葉を、急いで消化する。

相変わらず見張り塔の周りは、不思議な現象が多い。信じられないと言ってしまうのは簡単だが、これだけ近代化した今でも、ポケモンというのは謎だらけだ。他地方では、川に流した遺骨がポケモンとして生き返る伝説があったり、ここにいるドラメシヤだって、海で死んだポケモンの蘇りの姿だと言われている。

ましてや、人のたましいと結びつきが深いゴーストタイプ。とてもじゃないが、簡単に否定することはできない。

本当ならば、古代ガラル語も納得だ。この塔の見張りが現役だった時代は、当然それが標準語だったから。首無しデュラハンのウワサも迂闊に馬鹿にできない。というか、ギルガルドの首ってどこだ。


「…マジのモノホンって奴か」

「まじのものほん?」

「ああいや、こっちの話。随分お年を召し…長生きな先生だったんだな。彼は今どこに?」

「…私が沢山喋れるようになったあと、もう寂しくないねって言って、気が付いたら居なくなってしまいました。お気に入りの鞘が残っていたのですが、私が触ると、ぱらぱら、砂になってしまいました」

「そっか。…ごめん、変なこと聞いて。先生とはバトルもしたの?」

「子供の私との駆けっこでも先生が負けてました」

「フフッなんだそりゃ、」

「いつも自分のことを年寄りだ、待ちなさいって言っていたので。私は構わず、よく勉強から逃げてたの、覚えてます」


同じポケモンでも、ダンデのとこの奴とはだいぶ話が違うようだ。

話しながら少し俯いた彼女の表情を、カップの湯気越しに窺う。寂しくない訳ではなさそうだが、多少なりとも時間の経過で、思い出に昇華されているようだ。懐かしそうに口元がほころんでいる。ドラメシヤが数匹慰めるように、彼女の頬にすり寄っている。

気を紛らわすように軽い話題を振れば、彼女もそれに応えて最近の話に戻った。主にワイルドエリアでの出来事、あんな景色を見た、こんなポケモンに会った、たまのイベントとして、迷子や怪我をしたトレーナーの救助。

相も変わらずオレにとってはすこし非日常の話。彼女も全く知らない世界から来たオレの話を聞きたがり、紅茶の香りのする部屋で、オレたちは長いこと語らった。珍しくも一日オフだった今日、との予定を入れて、何も後悔はなかった。


あんなに高かった太陽が横から塔を照らす頃になって、そろそろ帰るぞ、とフライゴンに声をかける。人間たちと同じように会話していたらしい彼とドラパルトが、同時にこちらを向いた。二匹の頭上には二対のドラメシヤ。悲しいかな、フライゴンには入るところがないので、つるっとした触覚に乗っかっているだけだが。ドラパルトはそんな彼の姿を悪くないとばかりに、じっ…と見つめている。

ペアルックのような姿に、に許可をとってから背景をぼかして写真を撮る。


「随分おめかししてるじゃん、このままオレんとこ来るか?キバナさまは厳しいぞ~」


がお、とポーズをとれば、驚いたドラメシヤはすぐにフライゴンから離れて、スポーンとドラパルトの頭にハマってしまった。も背後でくすくすと笑っている。やめて、ジト目までお揃いでオレを見つめないで。悪かったから。


すっかりお決まりとなった、屋上まで見送りに来たと、次の約束を交わして飛び去るオレ。

子供向けの絵本のお姫様と王子様さながら、というのはちょっと格好つけ過ぎか。ふわり微笑みながら、また、と送り出してくれるのが、無性に嬉しかった。





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学歴ゼロ
ただ家庭教師と本の虫気質で、やたら難しいことを知っていたりやたら簡単なことを知らなかったりする


▼キバナ
歴史学部 ナックル史専攻
研究したいことは色々はあるが、今の自分はポケモントレーナー、ジムリーダー兼宝物庫の番人が最優先
その分ジムリ引退後の計画を密かに夢見ていたりする


▼リョウタ
言語学部 古代言語科専攻
キュレーター資格持ち 上司と同じくジムトレ兼宝物庫の番人補佐
翻訳作業を始めると寝食忘れる 笑顔な塩対応が得意


▼レナ
芸術学部 古楽科専攻
宝物修復士資格持ち ジムトレ兼コンサヴァター
お堅い言語より詩歌が好き ネズのファン


▼ヒトミ
歴史学部ポケモン史専攻
キュレーター資格目指して昼はジムトレ夜は資格学校生
化石の鑑定ならピカイチ 無類のシーフード好き

 

 
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