「ちょっと彼女には刺激が強すぎないかい。君は初心者だよ?慮ってあげなきゃ」 「初めてだからこそ良い思い出にしようと思ったんですがね。多分、生半可にすると、似たようなものは経験済だと思うんで」 塔のシルエットが逆光に眩しい、泣くメッソンも腹を鳴らす昼飯時。 デカい鍋しょってワイルドエリアに陣取るのは、ジムリーダーと試験前の学生を往復するような毎日にいい加減嫌気がさした、しなびたキバナ。 最近流行りのダイマックスを一目見てすぐ逃げる、"通称巣穴ダッシュ"を失敗する不届き者を捕縛しまくって目の下に隈をこしらえたカブさん。 ドライフルーツを紅茶で煮たら更に美味しくなったと花をとばしているごきげんの。 以上。 今日はに昼頃の約束をして、カブさんもちょうど飛び入りの休日が合って誘うことができた。塔に行く前に軽く情報交換をしようと話して、午前中に麓に集まったはいいものの、オレとカブさんは日ごろの疲れで仲良くスコンと寝落ちた。 時間になって見張り塔から降りてきたは、キャンプチェアで顔見知りの男二人が昏倒しているのを発見してさぞかし慌てたらしい。オレたちの意識が戻った時には、ドラメシヤの濡れ布巾巻きがそれぞれ額に乗っていた。こうするとヒンヤリが長持ちするんだそうだ。 ようやくオレたちの眠気もなくなり、彼女の動悸も収まったところで同時に腹が鳴り、挨拶もそこそこに昼食の準備をしようと笑った。 本日の一番の目的は、ガラルトレーナーの最近のトレンドであるキャンプとカレーをに体験してもらうこと。道具一式も運び込んで、このままテントを張ってここに泊まり込む予定だ。 カブさんは調理機材の組み立てと飯盒の準備、オレは燃料の調達と役割分担をして、散開する。といってもジュラルドンが手早く手ごろな藪を見つけたので、想定していた時間よりも早く終えることができた。 「君はもう、ぼくが言っていることが大体分かるのかな?」 「はい、おかげさまで。キバナが、沢山言葉を教えてくれたので」 「キバナ君も最近君と喋るのに辞書がいらなくなってきたと言っていたし、やっぱり若い子達は良いね。ぼくにはとても、新しい言葉を覚えるのはもうキツイな」 「カブさん、は、遠い国からここにいると聞きました。こことは全然違う、たくさんの文字を持った国で。その、大変でしたか、全然違う言葉を勉強するのは」 「あはは、彼と同じ呼び方。なんだったらぼくも敬称なくていいよ。そうだね、やっぱりだいぶかかったかな。まあぼくの場合は助けてくれる人も多かったし、翻訳アプリもあったから何とかなったけど」 「それは流石に…、私も頑張ります。まだまだ、です」 「キバナ君は呼び捨てなのに?はは、謙遜まで使えるとは。いよいよ恐れ入った」 「現代語、話すときに、キバナ君と呼ぼうと思ったのですが、強く否定されてしまいまして。キバナのままです。…ちょっと恥ずかしいです」 「いやあ役得でした。古代ガラル語には敬称がないから、頼んだらそのまま呼んでくれたんですよね」 「お帰りキバナ君。いい薪あった?ぼくも呼び捨てで良いのにねえ」 「ばっちりです。やー、カブさんはカブさんでしょ~」 すっかり用意が整った二つの鍋で、オレとカブさんが早速調理を始める。最近の流行なのでもしかしたらと思ったらやはり、はカレーそのものが初めてとのことだった。見知らぬ料理は警戒して嫌がるか、と少し思ったが、材料をイチから目の前で加工していくので、特に気にしていないようだった。 オレの予定はからくちヴルストのせカレー、カブさんの方はうすくちいろいろきのこのカレースープ。それを宣言し合った時、出たのが冒頭の台詞である。 木の実や具材を煮込んだスープは彼女もよく作ると言っていたから、どうせならカレーそのものをガツンと楽しんでもらおうと考えた。 カブさんはカブさんで、カレー自体を知らないんだから、薄い味からだんだん舌を慣らしていくべきだと主張した。普段の生活がほぼ菜食中心な彼女の為に、調味料は控えめに、水分多めに、自然由来の味はなるべく残して…まるで野生ポケモンの世話役さながらである。あんまり間違っちゃいないが。 ホウエンでは野菜から出汁をとって下味にするから、すごく滋養があってそれだけでも美味しいんだ、と語る台詞を背景に、以前連れてってもらった小料理屋を思い出す。酒の印象が強いが、確かに料理はどれも素材の味が出ていて不思議に旨かった。…ちょっと自信がなくなってきた。 木の実を手際よく剥いてくれたの口にお礼代わりのモモンのかけらを差し込みながら、のこりの部分をほかの実と一緒にヌメルゴンに投げてよこす。ぽい、ぽい、ぽいと片手で三連続投球すれば、どれも綺麗にカーブを描いて口の中でナイスキャッチ。キバナチーム随一の応援担当として、かなり張り切っている。 火を入れた後の工程はお互いのポケモン達がそれぞれの鍋を囲んで、予想以上に白熱しながら進められた。火の使い方はカブさんの方にが長けているが、体力勝負の大鍋かき混ぜとまごころはオレの方が上だという自負がある。は目をキラキラさせながら、フライゴンとキュウコンと一緒に二つの大鍋を行ったり来たり観察していた。 どちらもダイオウドウ級で並べられた大皿はいつもより二つずつ多く、彼女とドラパルトはオレ達の間に座って、人とポケモンの視線を一心に受けながら少しやりにくそうにスプーンを進めていた。 「なにこれ、うま」 「ふふ、ぼくの故郷の味を分かってくれたかい」 「同じカレー味なのに、すげー食いやすいですね。野菜の味が分かりやすいっていうか。はど、どうした!?水か!」 「は、から、いです、涙でそう、」 「やりすぎたかー。ごめん、ナナシの実齧る?少しは口ん中マシになるから」 「カレーを食べなれてるぼくにはキバナ君のも十分美味しいけどね。やっぱりにはちょっと早かったね」 「うう…みんな、キャンプの時はこれを食べるんですか?」 「そう。最近流行ってて、いろんな味があるから、もちろん辛くないのもいっぱいあるから!今度またおいしく作るよ」 「楽しみにしてます…、木の実ってこういう風に使えるんですね、知りませんでした」 「君は料理は、本を見るのかな?」 「そうですね。でもあまりレパートリー、多くないので、すぐ同じようなものになってしまうのが最近の悩みです」 「ふむ。どうかなキバナ君。彼女を魔性のカレー道にご招待するというのは」 「大賛成ですカブさん。次は負けませんよ」 勝負の軍配はカブさんのベテランの観察力に上がった。"美味しかったけど、口がヒリヒリして疲れる"とは控えめに洗った大皿を返却しながら言われた言葉。ドラパルトは食いっぷりからしてオレの方を気に入ってそうだったから良いものの、絶対に次回リベンジマッチしようと固く心に決めた。 片付けも終わった後はジムリーダー同士の非公式バトル。ダイマックスはないものの知名度があるもの同士の野良バトルに、野次馬に集まって来たトレーナーに過度にSNSに投稿しないように忠告しながら、互いに日ごろの訓練の成果を披露しあう。 野生ポケモン同士のバトルは見慣れているはしかし、訓練したポケモンが繰り出す技の威力に驚いていた。あっちが倒れてはこちらも倒れ、シングルダブル入り混じってジムランキングによらない勝負の行方は、大いに周りを楽しませたようだった。一勝負終わる毎に挟まれるカブさんの鋭い指摘と戦術に対する質疑はいつも参考になる。向こうも同じように、オレのコメントを求めているフシがあった。 食後のデザートとしてがティーローフを用意してくれ、それがまた勝負の景品になって余計に盛り上がる。自家製のドライフルーツにオレの贈った紅茶が合わさったそれは、ナックルシティのどの有名店のものより旨く感じた。 今日は塔で留守番のドラメシヤ達の分をぎりぎり残して、かなりの量をオレもカブさんも、ポケモン達も楽しんだ。 *** は朝早い分夜も早いらしく、早々に塔の中に引っ込んでいた。 キャンプ文化を知らない彼女は客人を外で寝かせることに抵抗があるのか、部屋で休まないか提案してきたが、初回は仕方がなかったとはいえ男二人で押し掛ける訳にもいかないし、そもそもスペース的にも厳しい。カブさんがあわや転落しかけた穴に寝ぼけて落ちる可能性も、無きにしもあらず。そんなようなことを説明したら、いつかテント生活もやってみたいと呟きながら大人しく部屋に戻っていった。 バトルの余韻もとっくに消え、日付を超えたあたりの深夜。自分の目の前にある焚火以外は動くものは何一つない。光源に当たらないところで、ゴーストポケモン達が活動している気配だけが感じられる。 「…そういうことかよ」 虫の居所の悪さのままに、勢いよく派手な音をたてて辞書を閉じたついでに舌打ちする。書庫にいたら咎められるだろうが、ここはだだっ広いワイルドエリア、そこいらに反響した後はすっかり静寂そのもの。 自分の手のひらには、によるドラパルトに関する覚え書きの紙切れ。何回目かの折に渡されていたが、普通の会話文には出てこないような難解な単語が多く、仕事の忙しさも相まって想定よりも読破に時間がかかってしまった。 僅かな物音がして顔だけ振り返れば、テントから出てきたらしき若干寝ぼけ眼のカブさんが、手持ち灯を掲げてこちらに向いていた。 「キバナ君?…きみ、まだ起きていたのか。雨は降らないにしても、朝に向けてだいぶ温度が下がるそうだよ。せめてちゃんと着なさい、はいブランケット」 「ありがとうございます。カブさんこそ、まだうっすら隈ありますよ。…続けて寝なくていいんですか?」 「昼間も寝たし、だいぶ元気にはなったよ。…昔から、一寝入りした後にこうして夜中に外に出るのが好きなんだ。ぼくのポケモンくん達はみんな暗い中で美しく輝くからね。昼間とは一味違う、その姿を見るのが醍醐味なのさ」 後ろに控えていたマルヤクデが誇らしげに、ゆっくり胸の丸い発光体を点滅させた。日のある時には大いに暴れまわって興奮していたエンジンジムのエースだが、もうすっかり元通りのようだ。 「そんなわけで、まだまだぼくにとっての夜は始まったばかりだから、」 君の相談に乗ることもできるけれど?と隣のキャンプチェアにどかりと腰掛け、こちらに視線を合わせるカブさん。オレが喉元につかえさせているものを白状するのを、確信をもって催促してくる。本当かなわない。 口にあえばいいけれど、とわざわざ入れてくれた緑のお茶が入ったマグを抱えて、考える。の許可なしにメモを見せるのを一瞬躊躇したが、そもそも見張り塔跡地はエンジンジム管轄であるし、カブさんだってオレの案件になった以降もこうして何かと助けてくれている。それに、内容的にいずれ他のジムリーダーたちにも確実に共有することになる。 ぐ、と自分の拳に覚悟を決めて、紙面を差し出す。 手書きで汚くてすみませんが、と言葉を添えれば、懐から眼鏡を出しておもむろに読み始める。マルヤクデが背もたれに待機しているので、読書の明るさには不自由しないらしい。いつもは掻き上げられている髪が今は大人しく垂らされていて、白いもみあげに焚火の影が揺れている。完全にオフモードの姿だ。 異国の茶を一口含んで、すぐさま嚥下する。熱い液体がまっすぐ腹に落ちていくのを感じながら、深呼吸。ワイルドエリアがその雄大な自然を闇の中に隠した今、上に向けた視覚は真っ暗闇に昇る火の輪郭しか捉えず、聴覚は薪が弾ける音と、マルヤクデの忙しなくも静かな足音しか拾わない。 "ドラパルトはもともとバトルが好きで、おやトレーナーのパーティーのエースだった。それが、番ができて卵を産んでから、たくさん生まされて、でも自分の周りの子供たちは一向に増えない。弱いから、強いやつしかいらないから、とトレーナーがどんどん逃がしていたらしい。怒った彼女は暴れて暴れて、壊れたボール共々、パーティーから追い出されてしまった。慌てて子供をかき集めて行く当てもなくさまよっていたらしい。出会った時にはかなり弱っていた。ドラメシヤは既に今の数になっていて、もともと何匹いたのかは分からない。いくらかは野生ポケモンの餌食になったり、飢えたものもいたようだ。 ドラパルトは幸い、私と一緒にいると言ってくれている。ドラメシヤ達は、今はまだ母親の世話が必要な時期だが、将来どうするか。私も彼女も考えなくてはならない" の原語の文章にオレが注釈だらけのト書きを重ねたからだろう、読み解きに時間がかかっているカブさんの横顔を眺めていれば、眉間の皺が行を追うごとに深くなる。 「…なるほど。あのドラメシヤ達は、そういうことか」 ため息をつき、目をこすりながら紙切れを返される。貴重な一点のみの資料なので、そのまま小脇のファイルに片づける。 「ドラパルト一体だけだとしても、手持ちにするにはトレーナー自身の能力も高くなければいけない…ジムチャレンジ経験者かも知れないね、それも後半ジムまでいけるような」 「やっぱり、そう思いますか」 「勿論違う可能性もあるけれど、今の時点では否定はできない」 「はぁ~…」 厳しい勝負の世界に脱落した、もしくは限界を見つけてしまったトレーナー達が、不正や無理な厳選に手を出すことは、事実としてある。派手できらびやかなジムチャレンジ、花形の公僕ジムリーダーの職務には、そういった影の部分の対処も当然範囲に含まれている。ジムチャレンジャーでないトレーナー達の問題であったとしても、大きな規模のものはジムに協力要請がくることがほとんど。 「実際そういう輩がいるのは分かってはいるんですが。何年やっても、腹立つもんは立ちます」 「まったく同感だ。自分以上にパートナーを大切にしない者には、トレーナーの資格はないと思っている」 最初から三番目のジムとは思えないような辛辣な台詞をこぼすカブさんは、長いキャリアの中でどれだけの何を見たのだろう。 大体どの地方のにも言えることだが、多種多様なチャレンジャーが数多く通過する序盤のジムというのは、後半のジムとはまた違う役割を帯びている。純粋なポケモンバトルに関する知識以外の、情操教育も兼ねるためだ。ポケモンとの絆だったり、共に生きる上で相手を尊ぶ心構えだったり、様々。そこの最後の関門であるジムリーダーに求められる気質は当然、技の強さだけではないだろう。 中身の残り少なくなったマグを握りしめ、目の前の焚火を見つめる。赤々と生き物のように揺らめき、冷え込んできた空気の中でも変わらず熱源の役割を果たしている。 カブさん含め炎ポケモン使いは、火を命に例えるような発言をよくする。現象に命を見出すこともできるのに、命があるのにそれを見出すことができない人間もいる。 夜風を感じて目を閉じる。冷めた茶を飲み干す。 「…潮時です。次回のジムリーダー合同会議で、共々リーグに報告します。オレから口火を切る、でいいですね」 「任せよう。報告書はぼくが書ける範囲で形を作るから、キバナ君が持っている情報をそれに足せばいい。その方が二度手間にならないだろう」 「助かります」 自分だけが知っているささやかな秘密、と心地よい夢を見るには、事が大きくなりすぎた。 頭の中に眠気はなく、ジムリーダーとしての自分が迅速にこれからの算段を立て始めていた。 ―――――――――――――――――――――― ▼ せいぜいピリッと程度の味しか普段つくらないので辛味の暴力にやられた からくちが苦手というよりは慣れてなさ過ぎて口も胃もびっくりした ▼ドラパルト じつは大のからくち好き の元に来てから食べてない味付けだったのでキバナカレーにかなり感激した キバナへの なつき度が あがった! ▼キバナ どんなに味付けのカレーでも大体いけるが、この料理は辛口が王道なのでは?と一番作る回数が多い。 腕前は上の中で手持ちたちにもトレーナー仲間にも人気 ▼カブ 年齢的にも味の濃いカレーはほどほどにして薄味と滋味を研究中 手持ちの子はカレー好きの子は沢山いるので腕は鈍らせない ―――――――――――――――――――――― ← ▼menu → |