ことキバナという人間は、目的があっても、気に入らなければなかなか懐に人を入れられなかった。 派手な見た目と人当たりの良い態度、SNSの積極さも相まって、パーソナルスペースと共に交友関係も広いという評価をされるし、自分もそう自負している。だが、自分の懐に入れられる人間がどれだけいるか、と言われれば…家族、大学の数多くない悪友、教授、あとはポケモン関係。ダンデ、ジムリーダー、ナックルジムトレーナーたち。知り合いの母体数からは信じられないほど少なくなる。それは過去に恋人と呼ばれた者達も例外ではない。 自分だって彼女というものをないがしろにしたいわけじゃなく、最初の方はできるだけ会いたいし、沢山コミュニケーションもしたいと思っている。至って普通の心情だろう。大体、彼女らの"少しわがままなかわいい"要求 …忙しい時にも欠かさず電話してほしいとか、会いに来てほしいとか、そういう、物理的に難しいやつ ―――で、だんだんと彼女等のキバナ像と現実の齟齬が生まれてくる。 自分が人よりイレギュラーが強く、公的な職に就いているのは理解しているし、そういった不満を受け止めるのは義務だと思っていた。でもそのうち、不満が決して受け入れられないことを盾に好き勝手言われるようになって。時にはSNSや雑誌でもあることないことまで波及して。キバナ自身もほとほと疲れてしまって。そのままフェードアウト。トップジムリーダーとしての人気に比例して、だんだんと恋愛に億劫になっている自分は確かにいる。 から分けてもらった貴重なドライフルーツをつまみながら、自席でパソコンの画面に向かう。前日からの夜勤続きの勤務もようやく終わり、早上がりの今日は速攻で街に繰り出したいが、これだけはしておきたい。 スタジアムではレナとヒトミを筆頭に、所属トレーナー達の特訓の声がうっすら響いてくる。最近彼女達も自家特訓がうまくなってきて、こうしてキバナやリョウタが内勤側にいても他のトレーナーを指導できるようになってきて頼もしい限りだ。 「キバナ様、お疲れ様です。例の不法厳選の資料ですか?自分に手伝いできることであれば引き継ぎますが…」 「んん、ちあう。…こないだ雑誌に出たやつ、否認コメント出そうと思ってさ。個人的な奴だから大丈夫、ありがとう」 「ああ、あの熱愛記事の。あれだけ追い返したのに…お力に慣れず申し訳ありませんでした」 「いんや、リョウタはきっぱり追い返したよ。そっからまさかツギハギで記事でっちあげるとはなあ」 口の中の甘いお菓子はこんなにおいしいのに、何で目の前のブツはこんなにおいしくなくて、やりたくないんだろうか。目下議題になっている不法厳選の事ならまだいい、調査内容がはっきりしている分、それを目指して手を動かすのは全く苦にならない。相手は話の通じるジムリーダーだし。 それに対してプレス関係者たちは、同じ言葉を喋るのに、いや、同じ言葉を喋るからこそああ言えばこう言う。減らず口が一向に止まらない記者群を思い出して、少しずつ頭痛が始まった気すらする。目出たいことは大いに広めてくれるプレスは確かにありがたいが、時々本人の与り知らぬ物事までご立派な記事にしてしまうことがある。大きすぎる玉に瑕。 けたたましく自分の指が進むキーボードの横には、ついぞ最近発売され、中々に発行部数を伸ばしているらしい雑誌。見出しには自分と最近仕事で知り合った女優がに寄り添っている。少し連絡を取り合っただけの顔見知りだと思っていたその女優とは街中で偶然出会っただけなのだが、相手様は大いに便乗することにしたらしい。プレスとタッグを組んでご丁寧に二人の切り抜きを作り、紙面の自分たちはさも睦まじいですと言わんばかりだ。出会い頭に何度も食事に誘われたのを、仕事が立て込んでいるからと断ったのがいけなかったのだろうか。なかなか丁寧に、慇懃に断ったつもりだったんだが。 うっかりため息ついた弾みに文章の最後のアルファベットが延々画面に走る。 「あー…デリートデリート」 「いつもそのままですが、今回はコメント出されるんですか?それにまた突っかかってこないと良いんですが…」 「本当じゃないのは事実だしな、そのままながしっぱにするのも向こうが好き勝手する原因かと思い直したの。最近」 横目で見た件の雑誌写真の横には、ハートの枠に遂に深い交際を経て結婚か?女優の方はまんざらでもない返事!なんて見出しが大きく重なっている。どちらかというと真実な文章を探す方が難しいのに、多部数発行されてしまえばそれが本当という考えの方が多数派になってしまうのだから、アタマどころか胃も痛い。あんな数秒の出会いでこのようなことになるというのなら、今までオレはいったい何人と結婚まがいのことをしなくてはならないのだろう。 目が疲れてきて肘をついたついでに大きいため息をつく。忌々しいこの対応は今ここで終わらせて、今日のこれからの楽しい予定に一片の邪魔も入れたくない。 「お忙しいキバナ様がわざわざそのようなことを、」 「多分出した直後はいろいろ言われるだろうけどさ、一個ずつ潰してけば今よりはマシになると思う。だいぶリョウタ達にも負担になってたしな、いつも悪い」 「いえ、そんな…あ、それでしたら定形文作りましょうか。いくつか作っておけば、回し使いできるかと」 「そんなのがあったらありがたいけど、…できるのか?」 「ジムリーダー兼トレーナーに専念しています。よそ見する暇はありません。ウダウダ文句を言うな。これからも黙って応援を。…というのを、オブラートとまごころとこだわりスカーフに包んで5種類くらいのビジネス的な定型文に言い換えればよろしいかと」 「…実は結構おこってたりする?」 「いいえ全く。プレスに対してはおにびとたたりめを毎夜寝る前に仕込みたいですが」 「ドラゴンジムっぽくはないけど、相変わらず頼りになるな…」 思わぬ今後のリョウタの名文に期待しながら、なんとか自分なりの文句を行儀いい否定文に隠して、プレスに送り付ける。依頼金代わりに秘蔵のドライフルーツを一本だけ渡す。街で買うものより味が濃く腹持ちの良いそれをリョウタも気に入ったらしく、もれなく自分もご満悦。大きく伸びをして、これで今度こそ今日の業務はおしまいだ。いや、対プレスは業務ですらない些末事のはずだが。 「アー終わった、やっと終わらせた!…んじゃ、オレ上がる。リョウタも今日はもう帰るんだよな?」 「ハイ、大分時間ができたので、久しぶりにワイルドエリアで特訓しようと思います」 「ん、見てるとは思うが、猛吹雪警報出てたところあるからな。それとは別にちゃんと休む時間も取んなよ。じゃ」 ジムの城門を出れば、オレンジ色の強い日差しと楽し気な街の声がそこかしこから響いてくる。 夕方の時間帯のナックルシティは、自分と同じく早上がりらしき仕事帰りの人々と学校の終わった学生、子供、親たち等々、大いに賑わっている。ジムで感じる熱狂以外で、人と街と繋がっていると感じられるこの時間がキバナは一番好きだ。プレスではない人間に呼び止められて交流するのは、自分の時間が削れるとしても嬉しいことには変わりない。道行く人に見つかってはファンサービスを交えながら挨拶をし、目当ての店舗を目指す。 昔から街の人間に愛されてきた老舗の店は往々にして閉店時間も早い。それでも今日は余裕で目指せるんだから、やっぱりこの時間帯はテンション上がる。古い街らしく景観規制の敷かれたアンティークな商店街、その中でもひときわ立派なファサードを構えた馴染みの紅茶店の、古びた真鍮のノブを掴んで入店する。 「おやジムリーダー、こんなに早い時間にご来店とは。昨日は夜型で?お疲れ様」 「ご無沙汰です、店長。そうそう、今日はお店やってる時間に帰れたから嬉しくて寄っちゃった」 「いつもの紅茶がなくなった?それとも別の味を試したくなった?」 「んーいつものはまだ沢山あるし、キバナは相変わらずあれが大好きだから大丈夫。…今度かわいい子をここに連れてきたいんだけどさ、なんかおすすめなスイーツない?ここの紅茶が好きだから、それ関係のがいいかな」 「ああ、この間雑誌に載ってた綺麗どころの女優さん?」 「おやっさんも読んでるんかよ!違うし、そもそもあれは誤解だし。今度否定のコメント出るから」 「相変わらず人気者は苦労する…、せめてこの近辺での張り込みは許さないからな。じゃあなんだ、本当の彼女?」 「そう、…じゃ、ない。まだお客さん」 を街の観光に誘ったのはつい最近のことだが、その日から大分自分は浮かれているのは自覚している。最初の頃とは明らかに違う反応に、嬉しくならない方がおかしい。あまり大きく感情を出さない彼女が、ぱっと破顔していかにも楽しみ、というように目を輝かせたのだ。 ほとんど知らない筈の街のことなのに、オレがいるからそんな反応になるのだろうか、なんて自惚れが過ぎるが、ともかくも準備は怠ってはならない。唯一の彼女の希望である、このキバナご用達の紅茶店へのアプローチは絶対に成功させなければ。 それ以外の場所は自分のお気に入りと、ガイドブックにうたわれている定番コースと、ジムトレにそれとなく聞いたおすすめスポットがキバナの頭の中で大いに喧嘩してとっ散らかっている。今日の明日の予定ではないとはいえ、そろそろ決着をつけなければいけない。先のプレスへの対応に比べれば、なんとも贅沢で楽しい悩みだ。 「まだかわいいお客さん、ね。そうだなあ、来週からフルーツタルト系をもっと充実させようと思って、専用の紅茶とマリアージュになったセットを新しくいくつか増やそうかなと」 「んあー、いいねそれ、見た目も綺麗だし。中身はそんときの楽しみにしとく。あと、スコーンとジャム各種ちょうだい。うちの本の虫たちに」 「いつものね、了解。今度はどれだけ死屍累々になっているのやら」 「学会はこの間終わったし、次は一般向け展覧会くらいだからそんなでもない…というか、そんな物騒な場所じゃないんだけど」 「こっちに比べりゃ、目の下真っ黒にしたお偉方がひっくり返ってるのは十分物騒だなあ」 「ちゃんと勤務時間は制限してるんだけどなあ、熱中すると飯も寝るも忘れてぜーんぜん帰らないの。唯一気付けになるのはここの旨いモンだけ。頼もしいけどさ」 「はは、好きこそもののなんとやら、だ。うちと同じだな」 「願わくばここのみんなみたいに隈も作らず笑顔で仕事してほしい…オレとしては」 フルーツと木の実を使ったスイーツが好物なの喜ぶ顔を思い浮かべ、美味しいね、なんて古代の言葉で感想を交わす自分たちを思い浮かべ、その言語に大いに頭を悩ませているジム以外の仲間達を続けて思い出す。 ここいらや近場の街の遺物解析を一手に引き受ける、ナックルシティがほこる古物研究チーム。 ガラル一の規模を誇り、宝物庫研究員とナックルユニバーシティの職員から構成されていて、毎度ナックルのちびっ子たちのなりたい職業リストではトップクラスに顔を連ねている。オレもポケモンの世界を知らなければ、そのちびっ子たちと同じ夢に向かっていたと思う。そんな花形ともいわれている研究チームはしかし、急激な研究対象の増加に嬉しい悲鳴と辛い悲鳴を同時にあげるという奇妙な事態が続いていた。 先のブラックナイトによる被害は主にジムスタジアムと街の一部のみで、幸い宝物庫には及ばなかったが、街中や人知れぬ地下のあらぬところが壊されて、それまでずっと隠れていた遺物が少なくない数見出され、未だにそれらの解析は日夜続けられている。古代ガラル語の壁、ソニア博士の主導で行われたガラル英雄伝説の変遷に、大いに高まる人々の関心、先のブラックナイト騒動によって気軽に出土しまくる愉快な歴史物たち。宝物庫併設の研究所では、そんなモノ相手の格闘が人知れず今も続いている。 かなりおまけしてもらったスコーンを抱え、上層の商店街から下層の宝物庫に足を進める。当番制で回している受付のジムトレに声をかけ横の関係者扉を開ければ、そこはもうきらびやかな歴史の知識と探求の部屋…ではなく、ほこりっぽくドンヨリしたいつもの空間。 展示に回す前の、もしくは回して要修繕となった学術資料、遺物が所狭しとラックに積み上げられている。なにがしかの巨大な骨の横には輝石のかけらが詰められた小瓶、艶めかしい色彩の羽根に、人の手が入っている古びた機械仕掛けに、小さいながらも堅牢な甲羅。ポケモンのルーツである出土品から、未だ現役でもあるものも混ざっている。細かく分類分けはされているものの、数も大きさもまちまちだからか、どうしても乱雑というか雑多な収納術に見えてしまう。それと夥しい書籍たち。もれなく古代ガラル語で書かれているそれは、己の作られた時期の歴史と共に、上記の美品達の活躍を今に伝えている。 を招待するにあたり、この場所にも目星をつけている。最近のオレほどは喋れないにしろ古代ガラル語を生業にしている人間ばかりが生息しているので、一番なじみの深い言葉を使っての会話の応酬を楽しめるのではないか…というのが狙いだが、果たして。 「…あいかわらずだなー、所長どこですか、こちらからは本の塔しか見えないんだけど、遂に埋まった?」 「リーダー!ここです!今ちょっと辞書の山が崩れちゃって、床を見えるようにしているところです」 「腰気を付けなよ、オレも手伝うから。とりあえずスコーンの差し入れ持ってきたけど、食べれる?」 「ありがたいです、昼飯は昨日食べたっきりで」 「昼飯は毎日食べようね。ついでに夜飯もね。ホント心配してるんだから、オレたち」 ナックルユニバーシティ時代から研修だの模擬授業だのでここに邪魔させてもらっていたので、自分にとっては勝手知ったる部屋と職員たち。最早ここに住み込んでいると噂の所長以外も、馴染みの顔ぶれがそれぞれ馴染みの研究分野に没頭しているのが見える。標準装備の目の下の隈は、今日も変わらず。 特殊な用語を含めてさらに分厚くなった辞書を机の上に乗せなおし、巻数をそろえて整頓する。それだけでも若干腰をいわすくらい、古書を読み下すための専門書籍も多い。所長とヒイヒイいいながら手を進めていくと、ようやく見えてきた床の最下層に埋もれていたのは、ここ最近では見たことのない表紙があしらわれた古書。 「ん…、この本は、新顔の子たち?」 「ああ、それは第五鶴翼の石畳の下から出てきた子たちです。ちょうどあのマクロコスモスの地下施設の真上でしたから、一段と揺れたんでしょう」 「スタジアムの真上の羽んところか、崩れて落ちてこなかっただけマシだったわな。『砂塵の窪地の気候変化と生態の変遷』…ね、面白そうじゃん」 「え、…その本、まだ翻訳班入っていないんですが…分かるんですか?」 「流石に専門用語はお願いするけど、そんなに厚くないし、オレなら3日くらいで読めるかも?」 そこまで言って、に会う前には軽い文章相手にも分厚い辞書と活用一覧表をぶん投げたくなっていた自分を思い出した。実際に言葉を使っている人間がおらず、後世の人間が推測で書物を読み込むとはそういうことだ。 「そんな速攻で読めるなんて…、ジムリーダー!本当ですか!?」 「やだ、オレさまの学力高くなってる…?」 「い、今すぐポケモンジムから宝物庫チームにいらしてください!前々から思っていましたが、キバナ様とリョウタ様はポケモン界隈に渡すには勿体ない人材で、」 「ナックルジムのナンバーワンツーを遠慮なく引き抜こうとしないでくれない?リョウタもダメ、あいついないと色々回んないんだから、マジで!」 「今の語学力だけでも古代ガラル語界ではトップですよリーダー!」 「そ、そういう地味にダメージくらう台詞言っちゃう…?だー!だめ、今の俺はまだ頭から根っこまでトップジムリーダーなの!勿論頂点を目指すトレーナーとしてもな!魅力的なお誘いはオレの引退後まで待っといて」 「そんなにお若いのに…引退なんていつになるのやら…」 前言撤回、彼女をここに連れてくるのはやめた。所長に引き合わせたが最後、くろいまなざし以上に逃亡できないことが容易に想像できる。一日缶詰、いや、数日幽閉もありうる。うっかり監禁沙汰になって、ドラパルト達に吹っ飛ばされるのは避けたい。 「それにしても、見張り塔の妖精、一度お目にかかりたいものです、そんなところに言語の神の慈悲が残っていたなんて…」 「大分キてんな所長…、オレもオフシーズンで空いてる時になるべく手伝うし、差し入れも増やすから、さ。お願いしますよ、宝物庫チームで一番知識があるのはどう考えてもあなたなんだから」 たった今連れてくるのをやめました、とはとても言えない。ここの惨状が落ち着いたころ合いを見て、負担にならない程度に顔合わせをしようと心に決める。 それにしても、オレが最初の方で緘口令交じりで喋ったからか、すっかり妖精さんの呼称が出回ってしまっている。本人をきちんと宣伝したいという思いと同時に、自分だけが彼女を知っていたいという思いが混ざる。 あまり多くを懐に入れたがらない自分が、最近は相反する思いに駆られることが多い。気の所為というには、だいぶ時間も頭の中の容量も大きくなっていて、もうそろそろ自分自身にも誤魔化しがきかないようだ。はっきりと、に積極的に関わりたいと思っている自分がいる。 ドラメシヤとドラパルト、オレのフライゴンを見ていた時の、愛おしそうな柔らかな眼差し。 あれを自分に向けてくれたら、なんて。 *** 見張り塔内、古ぼけた部屋にて 『どうしよう、ドラパルト』 『街に着ていく服がない。というか、お土産もなにもない…』 『え、お菓子?でもいつものは大分作っちゃったし、同じものを持っていくのもなあ』 『街になくてここにあるものを持っていけばいい?…うーん』 『この間もらったボクレーのはっぱ』 『けんかで取れちゃったフワンテのハートのあんよ』 『吹き溜まりから助けたフワライドの頭のわたげ』 『おしゃれ新調するからいらないって貰ったニダンギルの襟巻』 『バケッチャの大きすぎて間引きした新芽』 『…』 『確かに街にはないと思うけど…いるかなあ、キバナ…?』 ―――――――――――――――――――――― ▼キバナ 街の人とは長年の散歩兼見回りで大体仲良し 遠足前にウキウキで寝れなくなるタイプ ▼ 料理本が簡易的なものしかなく作りきってしまい、最近の悩みの種 遠足はウキウキするけど、それはそれとして寝れるタイプ ―――――――――――――――――――――― ← ▼menu → |