霞にぼやけていた街の輪郭が段々と細部を現し、城郭の上部を野生ポケモン達が多数遊泳しているのが見えてくる。 キバナの騎乗するフライゴンが先導し、私の騎乗するドラパルトはその後を追尾するような形で訪れたナックルシティの上空は、荘厳な鐘の音やポケモンや人のざわめき声がうねるように鳴り響いていた。見張り塔にあるような静寂が、ここには全くない。それがはじめて街に入って、最初に感じた印象だった。 市街の上層に位置する広場に狙いを定め、白墨で四角く囲ってある場所に危なげなく降り立つ。フライゴンよりも珍しいらしいドラパルトが着地したことに何人かの人が目を向けたが、すぐに向き直って自分たちの進路へと戻っていったのが遠巻きに見えた。 「ようこそ、見張り塔と同じく古き歴史を紡いだ街、ナックルシティへ」 「わあ、すごいひろい…、城壁が、遠くの方かすんでる…、おうちがたくさん…あれはなに?あの大きいの、」 「、とりあえずここは飛行ライドポケモンの発着エリアだから、もう少し離れて街の中に入ろう。次の着陸タクシーが来ちゃう」 「たくしー?」 「そう、あそこに飛んでる箱持ったアーマーガア、実はここに降りる予定の子なの。タクシーって言って中に人が乗れるようになっててな、ポケモン持ってない人間でも、ガラルの大体の場所はあれでひとっとび」 「ふわあ…」 何というか、すべてが大きい。人の多さも、見張り塔以上に大きい建物の数にも、何より頭上の巨大な翼のような大回廊に圧倒されて、さっきから自分の口からはだいぶちんまりした言葉しか出てこない。にこにこと笑顔で聞いてくれているすぐ横のキバナにもう少し綺麗な誉め言葉を差し出したいけれど、どうしても知らない世界の感動の方が前に来てしまう。 手招きされるがままに広場を出て階段を下り、大きな城門をくぐれば、一気に視界が開けて賑やかな建物群と、道行く多くの人々が目に飛び込んできた。何もかもが初めてで、何から見ればいいのか、皆目分からない。ドラパルトも口を開けたまま、呆然と目をパチクリさせている。隣でフライゴンがどうだ自分たちの街は、と得意げにかわいく胸を張っている。 そんな軽く混乱状態の私たちに、キバナはにこやかにこっちは民家街、あそこは人が寝泊まりするところ、そっちはポケモンの治療センター、と次々説明してくれる。最初に行きたい場所があるから、このまま連れて行ってもいい?と聞かれて、言われるがままにその高い背丈の横を歩いていく。もし人の波が大変だったら、と手を差し伸べられたが、恥ずかしくて頑張ってついていきますと返してしまった自分がちょっぴりうらめしい。 とりあえずの目的地に着くまではあんまりじっくり街を見ないことに決めて、あらためて自分とキバナの足元を眺めてみる。見張り塔と同じらしき黒い石で作られた路、それが城壁に続き、果ては天を衝くような中央の巨大な円塔まで立ち上がっている。それでも打ち捨てられて雨ざらしになっていた見張り塔と違って、回廊の輪郭は鈍色の金物で縁取りされ、道行く石壁の亀裂が入ったところは多く金継ぎで補修されているようにみえた。石畳も長年の足跡でまあるくなだらかになっていて、街と人がいつも一緒に生活してきたんだなあ、としみじみ古い長い歴史、というものの実感がわく。 「…ずっと、長い間ずっと人がいたんだね。この街には」 「そうだな、何代にも渡ってここに住み続けている一族も多い。ほかの街よりも、伝統に重きを置く気質があるかな」 「キバナもそうなの?」 「そ。アンティークマルシェって言ってな、わざと新しいものじゃなくて古いものを持ち寄って楽しむ催しなんかもある。そこをぶらつくのがオレさまお気に入り」 「へぇ、楽しそう…!」 自分の部屋にある本なんか持ってきたらどうだろう、でもみんな読めないかな、なんて考えてみる。こんどまた機会があったら、参加できるかどうか聞いてみよう。 そうこうしている内に、立派な石造りの門構えをした店の前についた。キバナが得意げにどうぞ入って、と首だけ振って示してきたので、重い扉に手をかけて人生初のお店に入ってみる。途端に鼻に漂ってきた、街とは違う自然の芳香のような、それよりも更に深い甘い香り。 「ここ、もしかしてあの紅茶の…!」 「フフッあらためてようこそ、ガラルで一二を争う伝統を持つ、老舗店へ。ナックル紳士と言ったらここは外せない。勿論、オレさまもな」 期待と緊張で足を踏み入れたお店の中は、壁面すべてがおびただしい木棚で覆われていて、その中に一つ一つ瓶が入っていた。キバナがおもむろに紹介してくれたお店の人曰く、すべて違う茶葉の瓶詰で、なんと500を超える世界中のお茶とそのブレンドが詰められているという。お好みは、と聞かれたので、慌てて以前貰った銘柄を答えると、その銘が好きな人が好む他のお茶を選んでおきましょう、大体30種類くらいですかね、と返されて余計に取り乱してしまった。まあまあその辺で、と隣で苦笑しているキバナを見るに、軽く揶揄われただけのようだった。よかった。30個も瓶を抱えて帰ったら家に溢れてしまうし、ヤバチャ達が興奮のあまり余計にヒビが入ってしまいそうだ。 それにしてもそんなに品数があって、その香りが少しずつ混ざり合ってこのお店のものになっているのだとしたら、なんて贅沢な香りの空間なんだろう。すっかり紅茶好きなドラパルトもゆらゆら、嬉しそうに鼻を動かしながら店内を浮いている。うっかり瓶の中まですり抜けて頭を突っ込みそうだったので、慌てて止める。店内の他のお客さんは小型のポケモンを連れ歩いている人も多く、ドラゴンも紅茶の虜になるのねえ、なんて笑っていた。 一通り頭の上に感動と驚きのビックリマークを出したあと、丁寧に店の奥のテーブルに案内される。朝昼晩ご飯のほかに、ふとした時の休息のお供として、お菓子と共に紅茶を楽しむのがこの街の伝統だそうだ。みれば、他の席も二人組や四人組で埋まっていて、みんな楽し気にカップ片手に何かを話し込んでいる。なるほど、キバナが塔に来た時に手土産を持ってきてくれたり、お茶をしながら沢山話をしてくれたのはそういう習慣だったんだ、と今更ながらに合点がいく。 「どうぞ、。本日店長がいっとうお勧めのフルーツケーキです。紅茶と一緒に召し上がれ」 「わぁ…きれい、小さなお城みたいな形してる。これ、は?」 「フルーツケーキって言って、糖蜜漬けのフルーツとモーモーミルクと、あとは大体パンと同じ材料から作られてる。紅茶はいつもの砂糖を入れないで、代わりにミルクを入れたミルクティーが一番合うってさ。店長が」 「…、ふわふわでおいしい…ふふ、ごめんなさい私さっきから、わあ、しか言っていないね。あんまりびっくりしたり感動したりが多いから、言葉を忘れちゃったみたい」 「んはは、が楽しいなら何よりだよ。まぁ、オレもいきなり古代の国に連れてかれて、ここが国中の本を集めた図書館です!なんて言われたらびっくりするからな~」 「そうかな、キバナなら落ち着いて知らないところ、散歩でもなんでもできそうじゃない?」 「いや、確実にぶっ倒れる自信はあるな。そんで山ほど本に囲まれて、あたまパンクしてまたぶっ倒れるかも」 本が崩れて埋まるジェスチャーを悲鳴付きで大げさにするものだから、フォーク片手に笑ってしまう。柔らかい生地とクリームとフルーツが層になったケーキはとっても甘くて、ふんわりしていて、口の中が夢見心地になったようだった。最後の果物のかけらまでつやつやしていて、食べきってしまうのが何とも勿体なかったけれど、眺めていても仕方がないので意を決して口に運ぶ。キバナの食べているケーキは私のものと色合いが違ってクリームの色も違うから、ほかにもたくさん種類があるらしい。 お腹も満たされて、少しだけこの空間に慣れた気がして、ようやくお店の中を眺める。 ナックルシティの外はみんな黒い石で作られているように見えたけれど、店の中はうって変わって柔らかな色の木の家具や造作で囲まれていて、優しい乳白色の塗装がその隙間を埋めている。キバナにそれを呟いてみれば、街ができた歴史と、時代ごとの人の暮らしの様式、内装の流行などなどに関わるので、説明は三日三晩くらいは覚悟して?とにこやかに返されたので、またの機会に取っておくことにした。じゃあそれまでの待ち時間代な、と彼のケーキの上に乗っていた大きい果物をふいに口に入れられる。 前から思っていたけど、結構惜しげもなく自分の良いものを分け与えてくる人だと思う。ちょっと恥ずかしくてこまる。負い目を感じる間もないくらい自然にそれをしてしまうから、余計に。 お腹が膨れたあとは、山ほどの店長さんのおすすめを?い潜って必死に考えて、結局いつもの紅茶を買い足すことになった。キバナはその銘柄をいたく気に入って長年変えていないらしく、それならまだ紅茶初心者の私が、お気に入り以外を模索しなくてもいいだろうと思った。 …おいしいケーキも、紅茶も、結局キバナからのプレゼントになってしまったのが歯痒い。私はお金というものすら持っていないので、精々その分の価値の木の実を渡すくらいしかできない。今日のところは幸い、先日のボクレーの頭の葉っぱを渡したところそれなりに貴重なものだったらしく、店長もキバナも大いに驚いて恐縮しながら貰ってくれた。野生の彼等と仲良くなるのはなかなか難しく、仲間になったボクレー達は技にも影響するからあまり採取することもできず、結果自然に抜け落ちたものがたまに出回るのみ、ということらしい。今度また家でお茶会をするときは、彼らの家族にめいっぱいのお菓子を用意しようと思う。 お店を出たら今までにない快晴で、街歩きには最適の天気だった。 ようやっときらびやかな街を見物できる勇気が出てきたので、改めて案内してもらう。市民から旅行者まで人気の洋服のブティックから、一部の一族しか入れない隠されたサロン兼博物陳列室のウワサまで様々。古代の重厚な城砦をそのまま街の骨格として利用しているナックルシティは、古い文化と新しい文化が入り混じっていて、とても興味深かった。キバナの説明がとても分かりやすく、面白かったのも要因だろう。 途中で通りがかったひときわ大きな建物で、一旦彼の足が止まる。ナックルユニバーシティという名らしい建物は、周りの城と負けず劣らず、立派な鉄格子の向こうに大きな佇まいを見せていた。聞けば、キバナはこの街の歴史と文化を専門にこの大学で学んだらしい。あまり詳しく聞いたことがなかった彼の職業は、ポケモントレーナーと指導者的立場のほかに、宝物庫の番人としての役割もあるとか。前から思っていたけれど、忙しいはずなのに、全然それを見せずにスマートに人を相手してくれるので、ついそれに甘えたくなってしまう。 他にも彼の職場には同じ大学出身の職員が沢山いるらしく、私と同じくらいの年の女の子もいるらしいので、近く機会があったら会わせると言ってくれた。学校に行ったことのない私が果たしてお話しできるか…!?と身構えたけれど、オレと喋るのが苦手でなければ全然大丈夫、とあっけらかんと言われてしまった。苦手では…全くない。むしろ沢山話したいくらいだった。 多くの店に立ち寄っては物色をして、やがて段々と人だかりに疲れてきた私を見かねて、キバナは大きな運河沿いの路地裏に連れて行ってくれた。街中から階段を下ったところの隠された位置になっていて、人はいなくともざわめきは遠くに聞こえるような、孤独になれるけれども疎外感は感じないような、そんな場所だった。長く歩いたからしばらく休もう、と言ってベンチに案内してくれる。近くには野生だろうアオガラスが数匹戯れていて、人よりもポケモンが多い場所を与えてくれた彼にいたく感謝する。 人の視線は、疲れる。すぐに通り過ぎて逸らされる視線から、長く見られているように感じる視線まで、さまざま。彼の話によれば親切な人が多いらしいので、決して敵意などを感じているわけではないけれど、単純にこれだけ人がいる空間にいたことがなかったから。ここはキバナの街であるからして、またいつかお邪魔できた時の為に、早く大丈夫になろう、と意気込む。 しばらくたわいもない話をした後に、少し恥ずかしそうに顔をそらしたキバナが、何か、欲しいものはないか、と問うてきた。この街のものなら、それなりのものなら融通できる、という。世間知らずの私になんともありがたい申し出だけれど、今のままだとお返しができないから、と否定の返事をする。もう十分すぎるほど心を砕いてくれるキバナに、これ以上寄りかかってしまうのは、いや、今までも少しの怖れがあった。隣に座るキバナはそんな私の臆病な返答を茶化すこともせず、真面目な面持ちで今度はまっすぐに話を聞いてくれた。 「…まず、ドラメシヤ達のポケモンフードの事は、気にしなくていい。前にも言ったが、街の人間が悪事を働いた所為だから、オレ達が責任をもって援助をする。実際は経費、…それ用の財布を仲間たちで作ってそこから出しているから、オレに気を使うことはない…ここまでは、分かる?」 「…うん。ありがとう。とても助かってる」 「今日の街のあれこれに関しては…オレがを招待したくてしたんだし、日頃の"おはなし"の感謝ってのじゃ、ダメか?ほら、だって、オレが行くとき沢山お菓子作ってくれたり、貴重な木の実分けてくれたり、しただろ?あれとおんなじ」 「同じ…かな。私の方が、キバナに沢山貰いすぎてる気がする」 「フフ、は良い子だからな。オレにとっては同じくらいの親切も貰ってる」 「そんな、んじゃない」 「…どうして?」 「返せるものが、私には少ないから。申し訳なくて」 沈黙。アオガラスはとうに飛び去って、少し先の水辺で遊んでいるドラパルト以外は、私達二人しかこの路地にはいない。こんなつもりじゃ、キバナを困らせるつもりじゃなかった。早く弁解しなければ、でも、自分の心の中のわだかまりが口をついてしまったのは事実だった。今はまだいいけれど、これから先も塔に来てくれて、たくさんのものを与えてくれるのは、嬉しいと同じくらいの怖さがある。 だって、こちらから返せるものがなんにも無くなってしまったら、その先は。 「…、じゃあ、の言葉を少し分けてもらうっていうのは?」 「…言葉を?」 「この街には、古代の遺物と一緒に、古代ガラル語を専門に研究しているところがある。オレもその端くれなんだが、オレたちがどんなに探しても、考えても、分からない言葉ってのがたまにある。そんなとき、に教えてもらうってのはどうだろう。"それ"は目には見えないが、とても価値がある。そうしたら、今までもそうだったんだが、それに見合った金銭なり、木の実とかの物資なりでに報酬を渡すことができる。…これでどうだ?」 「でも、この言葉も、先生に教わったもので、」 「が先生に言葉を教えてもらったように、今度はがオレ達の先生になる。…どう?」 「先生…。できるかな、私に」 「できるさ。生徒第一号のオレが言うんだから間違いない」 「そうなの?…そうだといいな。ありがとうキバナ。その役目、やらせてください」 「良かった。…なら大丈夫。ぜったいに」 大分長く休憩をしてしまったので、近場で飲み物買ってくる、と言ってキバナは階段を上っていった。しばしの待ちぼうけの時間。先ほどの会話を反芻しながら、水遊びに飽きて擦り寄って来たドラパルトを撫でまわす。私なりにお返しをする手段が増えたのは、とても嬉しい。結局、考え方まで彼に助けられてしまった。出会う前からは考えられないほど、本当にたくさんの見えるもの、みえないものを与えられているのが分かる。 ふと、だいぶ前から感じていた気配が動き出した。それは階段とは違う方向のわき道から出てきた、キバナよりは年配の男の人だった。初めて出会ったのに笑顔を浮かべたその人は、こちらへの視線を外さずに、周りを気にしながら速足で私の方に向かってくる。 「こんにちは、お嬢さん。ナックルジムリーダーのお知り合いですか?失礼ですが、ご職業は?」 『…、すみませんがガラルの言葉、私には分からないです』 「あれ、外人さん!?でもさっき普通にキバナさんと喋って、」 『何の御用でしょうか。おそらく私はあなた方の望む答えは持っていないと思いますが』 「あ、いや、何でもないです…ソーリー!じゃ、じゃあガラル観光を楽しんでくださいね、外国の方。良い旅を!」 重たそうな四角い機械を首に下げた人は、慌てたようにもと来た物陰に戻っていった。入れ違いに階段から、キバナが飲み物を抱えて戻って来るのが見える。 街に入る前にキバナと交わした約束。 キバナが喋ったり、紹介した以外の人から話しかけられたなら、言葉が分からないフリをするか、古代ガラル語で応答すること。街の人は大半が善い人だが、たまに悪い人もいて、そういう人たちに有名人であるキバナの余計な情報を与えないようにするためらしい。これで対応が正しかったのかは分からない。けれど、私にはまだ、良い人と悪い人を判別できるような能力はないから。せめて彼に迷惑が掛からないように、できればいい。 *** 適当な屋台で飲み物を調達したついでに、溜まっていたスマホロトムの通知を流し見する。ドラメシヤの不法厳選の調査は大方中盤あたりまで進み、そろそろ中間報告の日も近い。その資料がメールボックスに飛び交っている。少なくないトレーナーが候補として挙げられ、沢山の点が浮かび上がった後は線の繋がりを追っかけているような状態だ。他の重要なメールだけ急いで飲み込んで、それ以外は今晩家に戻ってから確認しようと足早にのいる路地に足を向ければ、彼女と見知らぬ声の会話が耳に入る。 覗き込んだ背格好と装備からして、化けたプレスの連中なのはすぐに分かった。油断も隙も無い。なるべく街の人間に知られていない袋小路を選んだつもりだったが、それが仇となったか。すぐに追い返そうと急いで向かえば、思ったより頑なに会話を拒んだの言葉が聞こえた。軽く口約束で交わしただけのプレス対策だったが、なかなかどうして良い演技だ。相手もまさか、彼女が喋っているのが学術界で幻の古代語とは思わなかっただろう。 「流石、うまく躱したな」 「…あんなので良かった?」 「上出来、上出来。悪いな、あんま気分良くないことさせちまった」 「ううん、この街でキバナ、とっても慕われてるって分かったから、悪い人ならちゃんと防御しないと」 「悪いっつーか、人をのぞき見するのが趣味っつーか…」 「のぞきみ…」 「そう。勝手にオレらをのぞき見して、誰々と仲が良い、悪い!って紙に書いて街に広めちゃうの。…しかも合ってないことが多い」 「キバナに内緒で?…やっぱり悪い人だったんだ」 珍しく目を吊り上げているをしばらく眺めていたかったが、買った飲み物を飲みつくしてしまった後は、仕方がないので迫って来た時間に合わせて移動する。 後半の最大の目的地は研究員のひしめく宝物庫…ではなく、その前の憩いの広場。バトルコートと、コート含めた一帯が珍しい色の花が咲く風致地区になっているこの広場は、ナックルの子供からお年寄りまで、文字通りくつろぎの場所となっている。加えて外回廊越しにワイルドエリアを一望できることも相まって、初めて街を訪れた人間には必須の景勝地として、ガイドブックも、オレの脳内も、ついでにジムトレ達にも満場一致の候補だった。 休日で学校がない今日は、バトルコートではちびっ子たちがお互いにボールを投げ合って、やいのやいのと奮闘していた。片やナックラー、もう一方はヌメイル。オレさまのファンか?と考えないでもないが、真剣なバトルが進行しているので、邪魔にならないベンチからと一緒に観戦する。良いパフォーマンスを見せたなら、次回のジムチャレンジのナックルシティ推薦者候補にもなりうる。 先ほど少しの恐れを見せたはいくらか持ち直したように見え、とりあえず安心する。塔から彼女を連れ出せたことに浮足立った自分が、大分早足で距離を詰めようとしてしまったと反省する。彼女にとってはまだこちらは未知の世界、金も持っていなければ、カブさん以外に一人の知り合いもいない。オレに比べて圧倒的に拠り所が少ないのを失念していた。多少なりとも好意を示すには、お互いの立場も知識もフェアじゃない。今日はホームグラウンドの案内に徹するべきだった。 「この街だと結構な人間がバトルするかな。友人同士とも知らないやつとも、コミュニケーションの一つとしてああして向き合ったりする」 「コミュニケーション…」 「お互いのパートナー達を紹介して、出し合う技で信頼関係を示し、お互いの人どなりを知る…なんて、偉そうな口上に聞こえるが、一番は強さ比べが多いかな」 途中でが、モンスターボールについて物珍しそうに問いかけてきて、そういえば彼女はボールさえも親しみがない事に気が付いた。何回か外で見たことはあったけど、赤と白で可愛いボールだね、街の看板とか公園の柵にも同じマークがあったから有名なんだね、なんて、オレにとっちゃ馴染みがありすぎてわざわざ紹介すらしてなかったことだ。 通常ならここで、捕まえてみるか?となるところだが、には別に新しい仲間を望んじゃいないし、なにより既にドラパルトがいる。ドラパルトはボールごとトレーナーに遺棄されたため、野生のポケモンと同じステータスになっていることは今日戯れに寄ったポケモンセンターの検診で既に分かっていた。だが明らかに高レベル個体の彼女を捕まえることは、にはできないだろう。見るからにジムの事を何も知らない、たとえどんなにドラパルトを捕まえたい意思があったとしてもボールに入れるのは無理だ。いくら両者の間に確かな絆があったところで、バッジレベル規格対応の公式ボールでは、捕獲の反応すらしまい。 「キバナは、この街で一番強いんでしょう?」 「ん?まぁ…そうだな。ガラル全体でってなると、悔しいことに違うが」 「すごいなあ、私はなんにもそういうの持ってないから、尊敬する」 「にはの持ってるものが沢山あるさ。古代語だってそうだし、ドラパルトだってそう、ワイルドエリアの自然の知識だって一端だぜ?」 「そう…そうだといいけれど」 「さ、ここでバトルのご解説がてら、少々お待ちいただけますか、お嬢様。もう少ししたら良いものが見られるから」 「いいもの?」 「そう、いいもの。もう少しだから、楽しみにしてて」 今までの短くない付き合いで薄々感じていたが、は自分に自信を持っていないきらいがある。それはまあ、ある意味仕方がないのかもしれない。人生の先生代わりのギルガルドがいなくなってからは、意思疎通はできても言葉は発さないポケモンに囲まれて過ごしていたのだから。人同士の諍いはないが、同時に彼女を認める人間もいない、ということだろう。だからこれからは、その役目を自分が請け負おうと心の内で決める。彼女が自分に自信を持つことができて、このキバナに目を向けてくれるくらいまで余裕ができたなら、その時は、改めて自分の心の内を僅かに明かしてみることにする。 そうこうしている内に夕暮れの時間が来た。低いところまで降りてきた太陽が、柔らかな白色の陽光から一転して、下界を一気に自身と同じ色に染め上げていく。ナックルの城塞と同じ色合いの街並みたちが、ワイルドエリアと共に鮮やかに赤く彩られる光景は、是非ともこの立地から紹介したかった。ここまで色彩が強くなるのは季節や天気の条件もあり、何気にレアな光景だったりする。 ちらりと隣のを見下ろせば、とても驚いたような、は、と息を止めて、目を見開いてその情景を凝視していた。この街からはエンジンシティが間に挟まって見張り塔までは見えないので、彼女が何を見つめているのが不明だったが、なにかひとかけらでも、この街の思い出として彼女の心に残ればいい。 『…〇〇、〇〇〇〇』 何度か見ているとはいえ、自分の街の荘厳な景色に持っていかれていた意識が、ぽつりと隣から零された小さな言葉に現実に引き戻される。意味は、分からなかった。古代ガラル語の口語文は大分理解できるようになったとはいえ、知らない単語はまだまだある。 そのまま聞いてしまおうかと思ったが、の横顔を見て、やめた。相変わらず街よりはるか遠くを見すえているような視線は寂しげで、ともすれば泣き出す前の子供のようにも見えた。…沢山のドラメシヤがいるとはいえ、ドラパルトと二人きりで長い事暮らしてきて、今日はじめて沢山の人々の営みを見て、淋しさの類を感じさせてしまったのかもしれない。 思わず肩に手を回そうとして、それもやめる。オレは既にを好ましく思っているところがあるが、おそらく彼女にとってのオレは違う。せいぜい外界から来た仲良しの案内人、といった程度だろう。もしかしたら友人、くらいにはランクアップしてくれているかもしれないが。いずれにせよ、踏み込むにはまだ早い。 そのまませめて近くで見守っていれば、ふ、とほほ笑んで、綺麗ですね、夕暮れのあなたの街は、と囁いた。塔で見せる花が綻んだような表情とは、少し違った種類の笑みに見えた。先ほどの言葉は、そういえば最近あまり触れなくなっていた辞書で後で調べよう、とぼんやり考えた。 最後にジムへのデリバリーでお馴染みの老舗ピッツェリアに寄り、夕食をとる。ここも紅茶店に負けず劣らずナックルの名物店舗に名を馳せており、今日も相変わらず大いに込み合っている。二人で希望するピザを複数枚とって、それをシェアすることにした。オレは既にジムトレ達に何回もおいしさの太鼓判を押されている定番のピザを取って、あとはの迷いまくる指先にそれぞれの解説を入れていく。 ようやく注文を終えた目の前には、少し雰囲気が変わったように見える。邪推をすれば、先ほどの夕焼けを見たあたりからかも知れない。なんとなく物憂げというか、何かを考え込んでいるのが伺える。軽く話を振ってみれば、沢山歩いたので少し疲れちゃったかも、といつもの懐っこい笑みが返ってきた。 「今日はほんとうにありがとう、キバナ。たくさん、たくさん素敵なものを見たから、もう胸がいっぱいで、うまく言葉が出てこないのが残念」 「一気に色んなところ連れて行ったから、疲れたろ。ドラパルトと一緒に今日はゆっくり休んでな」 「うん、キバナもね。街の人、キバナを見るとみんな嬉しそうに笑って喋りかけてきてすごい、人気者ってこういう人なんだなあって。じむりーだー?っていう職業、知らなかったから」 「騒がしくなかった?…何回か足止めさせちゃったし」 「ううん、全然。前から思っていたけれど、本当にキバナは良い人なんだなって。楽しい人だから、みんなお喋りしたいんじゃないかな?バトルの事とか…あまり分からない私が言うのもなんだけど」 「…ありがとう。そうだな、この街だーいたい良い奴らばっかだからな。オレさまに構ってくれるの。あ、あののぞき見する奴以外な!」 「ふふ、そうだね。あの人たち、好きじゃない。あいさつ、こっちからのおかえしまで待ってくれなかった」 「次はも待たなくていいからな」 「うん、そうする」 注文が到着したころには二人とも中々の空腹で、色んなトッピングを次々に味わいながら、また話が弾んだ。オレの街のあれやこれやに興味を持って、目を輝かせたに矢継ぎ早に質問されるのは、なんともこそばゆく、そして誇らしかった。そして次の予定をあれこれ話し合えるのも、何よりの嬉しい事だった。願わくば彼女にとってもそうであればいい、と思った。 ―――――――――――――――――――――― ▼キバナ ナックルシティのスイーツショップを今一度研究しようともくろむ 色々と知ってそうな女性のジムリーダー達にも指導を仰ごうと心に決めた ▼ スイーツ好きに拍車がかかった お金を手に入れたら、一番に紅茶店店長の書いたスイーツ本を手に入れるのが目標 ピザも美味しかったし、料理本コーナーに行ったら大概迷いそうで今から怖い ―――――――――――――――――――――― ← ▼menu → |