不法厳選が議題に上がって何度目かのジムリーダーとリーグの合同会議。それも今回で一旦落ち着くか、と椅子の背もたれに勢いよく倒れ込む。今日は用事があるからとナックルジムからの遠隔参加を希望したのを後悔するくらい喋りまくったし、同じくらいの物言いを耳に受けて頭の奥底に疲れの鈍痛が溜まっている。凝り固まった肩を回しながらうたたねするスマホロトムを起動させれば案の定、終了予定時刻を大幅に超過していた。 不法厳選と見張り塔関連の顛末、およびと相手トレーナー、両者のポケモン達の今後の対処について。 現場の被害という目に見えた形で終えた一連の経緯を見物したい、口出ししたい人間は予想していたよりも多く、意見を賜りたいとこちらから参加を打診した先達のジムリーダーだけでなく、リーグ関係者に警察関係、各ポケモン協会の要人、エトセトラ、大賑わいのアイコンが会議の終了を受けてみるみる減っていく。 規則が守られているかだけが気になる者、興行に影響が出ないことだけを知りたい者、若返りの進むジムリーダー達に意見をフカしたいだけの者。そういった大半の野次馬にとっては、大いに退屈な時間だったことだろう。こちらとしても早々にご退場願いたかった。未だにトップジムリーダーの飛行テクとやらを非難してきたお堅い輩はダンデの人命第一の指摘に退散していったが、腹の虫は収まらない。 片や傲慢な元ジムチャレンジトレーナー。違法な厳選に手を出して金銭を得るだけでなく、身勝手な理由で手放したドラパルトを強引に手持ちに連れ戻そうとして文化財の破壊及び、を害した。ジムリーダーへの虚偽申告も規律に反する。片やトレーナーですらない、野生となったドラパルトと心を通わせ、その子供達の世話も長い事焼いていた。彼等の譲渡を拒否し、襲撃される。住居を失くした現在は、オレの家に身を寄せている。善悪だけで見れば至極簡単な話のはずだが、今後については周りのイレギュラーと共に、単なる二人の人間の諍いとは思えぬほどに紛糾した。 結局、相手側がしでかした中で処罰に値する行為とされたのは、文化財の破壊と不法厳選の件だけ。ジムバッジ?奪と、ターフジム有する農場での一定期間の労働奉仕及び、トレーナーとしての再教育。所持していたポケモンは一旦隔離されて各タイプジムの保護下に入り、互いの了承がなければ面会も叶わなくなる。近年あまり見られない厳しめの処遇だが、とはいえ重々反省を見せれば、時間をかけて元の立場に戻ることはできる。それを見越した上での更生策。 「キバナ」 見かけ上大きな怪我がなかったの被害は、目に見えて崩れ落ちた見張り塔の損失に?まれて無かったことになった。結果論の配分が多い処罰にオレを筆頭に幾人か異議申し立てはしたが、あまり突き詰めるとドラパルトの立場が揺らぐのは目に見えていた。 野生のポケモンとして一緒に過ごしていただけならば、元のトレーナーが申し立てをすれば所有権は前所有者に傾く。そうでないのならポケモントレーナーとしてドラパルトを捕獲する努力をし、自分の手持ちとすべきでは、となる。トレーナーに対する加護が強いと評判のガラルらしい弁論だが、のように強さを追い求めない人間には相容れない時もある。 ドラパルトとの間にある絆や感情を述べたところで、定量的なモノでない訴えは概して弱い。それでも、ブチギレながらもオレを巻き込んで技を出さなかったことと、街中でカブさんの言葉を聞き入れて自発的に静まったことが大きなプラスに働いた。無罪放免とはならなかったが、と同じくナックルジム下での保護監視で済んだのはまあまあ良い結果と言って良いだろう。これ以上ビークインの巣をつつくような真似をすれば、おやがいない野生ステータスのままで街に滞在すること自体が問題視される可能性もある。 「おいキバナ、」 これ以上不安定な立場のに余計な嫌疑をかけるのは本位じゃない。自分の中の最低ラインだった、リーグから彼女とドラメシヤ達への生活保障は継続されたので、渋々口を噤んだのはつい先程だ。 「そんなに呼ばなくても聞えてる」 「ご自慢のナックラーモデルヘッドセットの性能は分かっているさ。問題は君の耳と頭だ、しっかり聞いてくれなきゃ困るぜ」 「…わかってるよ」 「そんなにターフジムは頼りないですかぁ、キバナさん」 「お前を侮ってる訳じゃないさ、ヤロー。ただその…オレ自身が全部納得し切れたわけじゃないってだけだ、悪い」 最後に回線に残ったのはダンデとヤローに、何故かポプラばあさん、オレ。会議後に適当にだべることが多いダンデはまあいつも通りとして、ヤローもオレとのすり合わせは必要だろうが、ばあさんは謎だ。遠くにビートの呼びかけが漏れてるから、大方遠隔会議の操作に慣れてないとかだろうか。 「心配せずとも、ターフジムでしっかり面倒みますよ。"だれでも通れる最初のジム"ちゅうのは伊達じゃない、みんなが知っているはずのルールをどれだけ忘れてしまったんか、きっちり自覚してもらうんだな。ぼくが通しても良いとちゃんと思えるまでは、ウールー達に教育してもらいますわ」 「お前ンところの農園だだっ広いもんな。精々使い倒してくれや」 「良い判断だよ。キバナのところに預けてごらん、トレーナー再起なんていつになることか」 「お言葉ですがねポプラさん、流石のオレでも私情で教育を投げ出すことはしませんよ」 砂嵐の前に半日軽装で立たせるくらいはするかもしませんが。小声のボヤキも感度の良いマイクに拾われて、それ見たことかとばあさんの深いため息が返ってくる。 「まーだ不満気じゃなあ。そもそもこうなった事だってキバナさんの所為じゃない、先代含めた僕達ジムリーダー全体の責任なんだ。最初の関わりはエンジンとナックルだったとはいえ、皆で解決しようじゃありませんか」 「駄々こねるのは良いけれどね、結論は変わりゃしないよ。ジムの使命はポケモントレーナーを減らすことじゃない。育んで、導くことだ。物分かりの良いあんたが珍しくピンクなのは結構だけどね、歴史あるナックルにジムリーダーの約款を送り付けるのは勘弁しておくれよ」 分かっている。今ジムリーダー達に求められているのは道を外れた人間を正すことであって、閉ざすことじゃない。件のトレーナーは高みにはほど遠いが、先代のナックルジムを一応は通過した上位トレーナーではある。だからこのオレのモヤモヤは、どこまでも私怨でしかない。 「あなたは被害者のケア、ぼくは加害者のケア。それで話はついたはずです」 「分かってるよ。…トップジムリーダーとして、ターフの温情に敬意を。面倒事押し付けて悪いとは思ってるが、頼んだ」 「そうこなくっちゃ。じゃあ、僕も準備があるんでそろそろお暇しますよ。んー、とりあえずは新人用の作業服と備品を揃えなければ、だな。土いじり初心者だし、どれだけ泥んこになってもいいように、いっぱい買いこまんとな…」 ログアウトと同時にスマホロトムが点滅して、メッセージを受信する。普段は簡素な文字でやりとりするヤローにしては珍しい、文面は絵文字だけ。逃げる人と汗のマークの後にウールースタンプ、ウールースタンプ、ウールースタンプ、最後に本人モデルのスタンプが追っかけている。自分と違いこういった遊び機能に疎いヤローの、だいぶ頑張ったメッセージ。思わず吹き出して、燻っていた毒気が少し抜ける。ファイティングファーマーの名は伊達じゃない、いっぱしのポケモントレーナーに相応しくないと判断したなら、本人がファイティングすることも辞さないだろう。 それから間もなくポプラさんも退室して、いつも通りなのか何なのか、ダンデだけが残る。あれこれ言いたげに口を開いては閉じ、適する言葉がなかったのか小さく失笑して頭を?く。 互いにタメイキ。会議なんかきらいだ、難しいことを難しく言い合って、そのくせあやふやな結果になることも多くて、それに比べてバトルは白黒つくから良い、なんてごねていたのはジムチャレンジ時代のガキだったオレか、アイツか。 「…文化財産の番人としてのキバナ、君の保護観察者としてのキバナ。どちらの君にも不本意なところはあるとは思っている。だが今の我々では、これ以上の結果は出てこないのが現状だ。すまないが一旦これで収めてくれないか」 「分かってるって。議論を蒸し返したいわけじゃない。方々の立場考えりゃ、それなりの落しどころに決まったと思ってるさ」 ナックル宝物庫チームの調査の結果、正式に立ち入り禁止が決定した見張り塔跡地。劣化の度合いから保全も諦め、今後は崩壊した姿が人々の記憶に残ることになる。古の呼び声は永遠に消え、土に埋もれた遺物よろしく現代の人間たちが好き勝手に想像することしかできなくなる。チームの中でも貴重な遺跡の結末を惜しむ声が多く上がり、オレ自身もやるせない気持ちになったものだ。 償いをしたところで、一度壊れたものはもう戻ってこない。達だってそうだ。定住できる住処、食い物の確保できる生息地、安心できるパートナー…。 「あー、そうだダンデ、今度ソニア博士紹介してくれない?」 「ソニア?構わないが…、今から呼ぶか?キバナの事だから遺跡絡みか」 「いやそんなすぐじゃなくていい…てか今って、向こうも予定あんだろうよ。要件はまあそれもあるんだけど、に紹介したくて。知り合いになれたらいいし、遺物研究なら古代語の心得ある友人がいても損はないだろうしな。それと…、あの姉ちゃんの論文読んだけど、無差別ダイマックス事件絡みの野生ポケモンのケアとか、結構手広くやってんのな」 「ああ、強引にダイマックスされた野生ポケモンの扱いは思った以上に難しいらしい。妙な噂がついてトレーナーに追い回されたり、かといって保護したところでなつき度が極端に上がりにくかったりな。そもそも人間に使役されたくない個体もいるから、無闇にゲットする訳にもいかない。不本意に人が関わって自然に戻れないポケモンたちをどうするか。最近の研究テーマの一つだそうだ」 「なるほどねえ。今回のケースはまあ、ちょっと違うが、ケアの方法やらその辺の訳アリたちの保護事例とか聞きたくて」 「…君のドラパルトの事を言いたいのか?彼女は望んで君の傍にいると思っていたが」 「それはおそらく間違っちゃいない、が…」 「なんだ、何が気になっている。所在に関しては、希望通り君の元で暮らすことになったじゃないか。ドラメシヤ達はナックルジムと各協会共同で飼育の上、譲渡先の選定。これはまだ先の話だが…そのことではなさそうだな。何がそんなに不安なんだ」 中途半端な言葉尻を捉えた視線が、こちらを訝しむものに変わっていく。喋りすぎたと気づいたところでもう遅い、こうなったダンデは知りたいものが出てくるまで、しつこい事この上ない。当たり障りのない返答はもう効かないだろう。 見張り塔の事件の時からずっと渦巻いている、自身の心の怖れ。自分が気にかけている者達は皆無事だった。多少の文句はあれど、こうして事後処理も決まった。それでも未だにオレが不安なのは、何故か。 「…ちらついて離れねぇんだよ。を乗せたドラパルトにボールが当たった時のこと。捕獲はポケモン側の意思も絡んでるとは言え、疲労やダメージを負っていれば抵抗は弱まる。子供でも知ってるさ、ゲットの基本だからな。あの時は失敗したからよかったものの、成功していたら、は…いや、ドラパルトだって、また心無いトレーナーの元で、」 論点の整理なんか微塵もできず、燻っていた思いがそのまま口から溢れる。弱気な自分の声に耐え切れなくなり、肘をついて顔を手で覆い隠す。指の隙間から、先の会議で開いたままの資料が見える。 "――ドラメシヤの方に行ってほしくなくて、持っていた木の実を撒き餌にしながら、自分の逃げる方へアーマーガアをおびき寄せた。ある程度塔から離れてから逃げられればいいと思っていた。色々な色のボールを投げつけられて、赤と白以外のボールもあるのを知らなかったので、最初は自分が攻撃されているのかと思った。それがドラパルトに当たった時、彼女の体がまるごと消えてしまうような感覚があって、とても怖かったのを覚えている。ボールが当たる度にドラパルトは怒って、でも自分の体に当たった時は少し痛いだけで何にも起こらないから、それなら、自分の体を盾にして守ればいいと思った。ドラパルトが受ける傷を、少しでも減らしたかった――" 拙い口上がそのまま綴られた、の聴取書。不慣れ故に多くの日数と人数をかけて作られた聞き取りの全文は、オレも他の面々も今日初めて見る資料だった。 「あいつは相当レベル高いから、ナックルのバッジを持っていないとおそらく捕獲対象にはならない。だがそれが何だってんだ。あのトレーナーだけじゃねぇ、これから先ずっと、誰かにゲットされるかもしれないと怯えながらとドラパルトは暮らすのか?まだ話しちゃいないが街に暮らすことになった以上、いつかは知ることになる。それでなくてもジムチャレンジ期間にもうすぐ入るんだ、バッジの事が知れるのも時間の問題だろう…」 「キバナ、分かった、わかったから落ち着け」 街中はバトルも少なく、一人と一匹の中の良さを見ればまさか野生とは思われないだろうが、それでも可能性があることには違いない。残ったものさえまた失うかもしれないという恐怖を、再び彼女に味合わせるのか。それでもきっと気丈に笑顔を作って、怯えながらもそれを周りに悟らせないように、何でもないように暮らすんだろう。そんなことは勿論させたくないが、だからといって自分は何がしてやれる。解決策も、それに至る道筋も未だ見つからない。うまく言語化できない苛立ちに方々愚痴を漏らしても収まらず、こうしてライバルにまでフォローされる始末。カブさんやポプラさんには、相当ガキの癇癪に映ったに違いない。 「…わるい、取り乱した。一人で考えてもこんな感じで煮立っちまって、実地畑の意見を貰いたかったんだ。とにかく、おまえも混ざってくれて構わない。どこかで時間がほしい」 「近日中に必ず手配するようにする。…そうか、そうだったな。オレは根っからポケモントレーナーだから、そんな悩みがあることすら気づかなかった」 「オレもだ。普段トレーナーばっかり見てるからなぁ。今回はまあ、あんまりの持ち物が少ないんで、気付けたんだと思う」 今の時点でこれ以上の進展は望めないし、もう考えるのはやめようと再度背もたれに全身を預けて力を抜く。ロトムが控えめに揺れながら前に出てきたのでタッチしてやれば、もうまもなくのジム来訪者のリマインドが入っている。なんてこった、会議終わりの一服で執務室の掃除のひとつでもしようと思っていたのに、時間が経つのが早すぎる。ジムトレーナー達にはあらかじめ伝えてはあるものの、こればかりは自分が応対しなけりゃ始まらない。 「来客か?」 「そ。それも当の本人のな。こっちが忙しくなる前に、街ン中だけでも知ってる所増やしとかねえと」 「そちらのケアも順調といったところか」 「まだまだ、道半ばってところだな。あー、オレもヤローんところのウールーに交じって、新入りをガツンと躾けてやりたいわ」 「全く、ドラゴンタイプの恨みを買うと怖いな。ターフジムに任せて正解だった」 「…ホップがと同じ立場だったら、おまえならどうしたよ」 「ホップが?…そうだな。朝から晩までオレとのバトルをさせて、一戦毎に自分の誤っていた行動と、それに準じたポケモントレーナーの心得を宣誓させるかな。心から反省しているかどうかくらい目を見れば分かる」 自分の意見をそれは名案とばかりにうんうんと頷いている。背景でボール遊びに飽きたオノノクスがバトル?れんぞく??と目を輝かせているのが見える。二人だけのクローズドな会話とはいえ、堂々と本音を隠しもしないところはダンデらしい。 「それ、問題のトレーナーレベルじゃお前に勝てっこないってわかってる?」 「当然だ。だがそもそも強くなるために犯した罪だろう?そんなものに頼らなくてもチャンピオンになれると分からせればいい」 「つまり絶対的に勝てない相手に向かって、あらゆるズルを自分で封じさせると。で、終わりどきは?」 「…オレに勝つかオレが納得するまで?」 無理。 多分オレでも無理。ダンデの眼力もといバトル欲を真正面から受けるだけでも相当の覚悟がいるのに、償いなんて余計なものがついてきたら、それこそトレーナー存続の意志ごとあっという間に消し炭になるのがオチだ。チャンピオンとしては何も間違っちゃいないが、指導として厳しすぎる。 「お前の公正すぎる目と思い切りのいいアタマん中、たまにむかつくわ…」 「ははは、ヤケ酒にはいつでも付き合うからな!俺だって、ポプラさん達のように職務然と言ってのけるのはまだ時間がかかる。だからこうやって会議にかけて審議するんじゃないか。ヤローも言っていただろう、一人でダメなものは皆で考えればいい。スタートーナメントと同じさ」 ひたすら己だけに向き合っていたダンデはブラックナイトを経て、強さの道に他者の存在を望んだ。それ以来、素直に周りに助力を求める姿を見ることも多くなった。バトルタワーのレンタルポケモンの技構成なんか、ジムリーダー総出で何回頭をひねったか。すじがねいりのテクいジュラルドン、オレの睡眠不足のたまものだ。 無意識に自分は意固地になっていたのかもしれない、と思い直す。を守りたいのは事実だが、それによって窮屈な思いをさせたい訳では勿論ない。一人で考えてどうにもならなければ、他人を頼る。昔からダンデよりかは理解しているつもりだったが、いつの間にかひっくり返ったらしい。 会話が終了し、ヘッドホンを外して目元を揉んで疲れをほぐす。気分転換にシャワーをひと浴び、急いでジムリーダーキバナを作り直す。もう約束の時間まであまりない。を自分の牙城に招いたからには、弱い所など微塵もない、カッコいいオレさまでなくてはならない。少しでも彼女が頼りやすい存在であるように。 *** 『…なので、私は先生に、この言葉を習ったんです。と言っても最初は字も読めないですから、身振り手振りで。でも先生は剣なので、それもよく分からなくて、』 「新しい言語、ですか、文字…そうですね、作りが違うので、現代語を知っていても読めないですよね。け、剣?剣というのは…」 「おーおー、初めてはやっぱオレより食いつけるなぁリョウタ。さすが語学特化型は違うわ」 「だいぶ頭から煙が出てそうですけどね、先輩…」 こちらの思惑なんてなんのその、遠慮がちにナックルジムの戸を叩いたはあっという間にジムトレ達と馴染みに馴染んで、執務室のソファで質問攻めにされている。自分が興味の的にされていることに目を白黒させているが嫌がっている様子はなく、ひとまず安心といったところか。最近の身近な距離感に忘れかけていたが、ことナックルにおいては大分稀有な存在なんだった。おかげでオレさまはすっかり話相手の座を部下に奪われて、部屋のすみっこに放っておかれている。…まあ思ったより上々の反応だし、いいか。 目の前のティーカップには目もくれず、の方を凝視するリョウタ。集中する時のいつもの癖だが、いや目つき怖ぇな。古代ガラル語に必死に食いつく姿に懐かしくなりながら、レナから入れたての紅茶と茶請けのクッキーを受け取る。 はじめましてのご挨拶だからと昨晩遅くまでこれを作り込んでいたに、つまみ食いにいきたい手持ち達を必死に押さえていたオレの気持ちはきっと分かるまい。躾なのか何なのか、ドラメシヤ達は毎食与えていればそれ以上欲しがる素振りを見せないので、余計に気まずい。ドラパルトの何か言いたげな薄目の表情は見ないフリをした。 当のドラパルトは今、ヒトミのジャランゴに挨拶代わりにしきりに匂いを嗅がれている。ゴーストタイプを持つドラゴンに体臭はあるのか?と思わないでもない。身じろぎする毎に惜しげもなく鱗を鳴らすジャランゴと一切の物音言わせぬドラパルトが子気味良い対比になって、興味深い光景にスマホロトムと一緒に思わず見入る。人間だけでなくポケモン同士も親睦を深めていけば、何かしら騒ぎ立てられたとしても街との繋がりの一つになる。そうすればこちらからもフォローしやすくなることだし、しばらくは好きに交流させることにする。 『…そしたら、ドラパルトが面白がってフライゴンの頭にドラメシヤわんさか乗せちゃって、身動き取れなくてかわいそうに、でもあの子いつも泣かずにつぶらな視線だけで訴えてくるんですよね、だから、』 「ぐう、き、キバナ様、辞書を…辞書と活用表とペンをください…もう追いつけな、」 「ふは、さすがに辛いか、辛いよな。てかちょっと面白がってるだろ」 「凄いです、リョウタさんにも言葉が通じます!」 『リョウタ、言語系のテスト毎回トップクラスでさ。コツコツ型の秀才ってヤツ』 『すごい…私もまだまだ分からないこと沢山あるから、頑張らないと』 『はもう十分だと思うけどな。あんま変なモン覚えてもキリないし』 『うーん、でもまだ読めない言葉いっぱいある。そこの雑誌も、えーと、熱く、愛する?って?』 『ウワ!これよくない!良くないやつだから!』 『でもキバナが表紙になってる、見てみたい』 『これは駄目。えーと、あまり言葉の使い方が良くない。もっと読みやすい、良い本渡すから』 『そっか…』 「流れるように私達には全然分かりませんね」 「キバナ様も大概とんでもないネイティブになりましたしね」 「あのレベルに、あのレベルについて行けるようになりたい…!あッキバナ様!その雑誌は既に対策済なので捨てていいヤツです!こちらに!」 爆速で取り上げた週刊誌を後ろ手でリョウタにパスし、すぐ横のゴミ箱にダストインされるのを見守る。表紙もろともくしゃくしゃになった有様に若干しょげたは、今度はその辺に積み上がっていたファイルに興味を移す。オレの許可を取って中身を開いたはいいものの一文字たりとも進まず、クエスチョンマークがいくつも出ているのが手に取るように分かって、悪いと思いつつも口端が上がる。あれはジムの経理調書だから分からなくて当然だ、オレでも疲れてると目を回す自信がある。 ゴミ箱ごと遠ざけがてらポッドのお代わりをついできたリョウタが再度本を取り換えて、ページを見開きながらゆっくり解説を入れる。次なる教材は、各ジムチャレンジで通過するタウンを写真付きで紹介している観光ガイドブック。この時期に各タウンで無料配布されるもので、簡易的なものとはいえ基本的な名所と特色を知ることができる。なかなか良いチョイスだ。やはり言語系はリョウタの方が俺より強い。 「さん、すっかり標準語も慣れたようですね」 「喋るのはな。読解の方はそうでもないらしい。さすがに子供用は卒業できそうだが…オレも定期的に時間作ってるが中々難しくてなあ、言葉の途中を教えるってのは」 「確かにそうですね、母国語がどうしたら喋れるかなんて、よく分からないですもん。正式に習ったわけではないですし」 「暮らすのには全然問題ないから、そんなに心配しなくていいとは言ってるんだけど、やっぱ少しは気にしてる風だからなあ…どうすっかねぇ」 このままリョウタに教えを乞うには時期が悪い。これから筆頭ジムトレーナーとして、レナとヒトミと共にチャレンジャー達を相手取ってもらわねばならない。それが終わったらジムリーダーである自分のバックアップが待っている。各ジムのリーダー達が己の存亡をかけてチャンピオンカップに挑んでいる間、ジムトレーナー達がその城を護る、彼らの助力なくしてジム運営は成り立たない。リーダー不在の時の手腕でもって、後続の選別をするなんてジムもあるくらいだ。 「このガラルでガラル語が習える?…ナックルユニバーシティの留学生向けガラル語講座とか、でしょうか?夜間学校の友達が受けたと言っていたような」 「…、それだ!ナイス、ヒトミ!」 ナックルシティと同じだけの長い歴史を持ち、ガラルの学び舎の象徴にもなっている我らが母校、ナックルユニバーシティ。 文化財の扱いや言語学、歴史学を花形として、その知見と技術力目当てに世界中の学生が集まってくるのは毎年のことだ。自分の在学中にも、他地方の顔立ちをした面々がザラにいたのをよく覚えている。記憶と共に講堂の木机の感触が蘇ってくる。そういえば見張り塔の部屋でも古ぼけたその匂いがして、古代語の会話も相まって授業を思い出すことがよくあった。 せっかくはるばるやって来た有望な若者を言葉の問題なんぞでとんぼがえりさせてたまるか、学問と一緒に標準語も教え込んでしまえばいいじゃないか…と熱血に語っていたのは自分の恩師の教授だったか。そんな経緯もあって若干詰め込み気味なプログラムではあるが、通年でガラル語講座が開かれているのをすっかり失念していた。最高学府として身分証代わりの推薦状はいるが、経歴とナックルジムリーダーの後ろ盾があればまず拒否されることはないだろう。 ロケーションもいい。学内にプレスの連中は寄ってこないし、身元の知れた生徒と教授しかいないから、身の安全も他の場所よりは安心できる。教えの庭を称する大学で古代語話者を狙う知識の虫たちはワンサカいるだろうが、まあそれはしょうがない。礼儀は知っている奴らだし、口で伏せていくしかない。 ようやく会話がひと段落したらしいリョウタとに講座の話をすれば、どちらも目を輝かせて話に乗ってきた。 「みんなの通っていたところに私も行けるんですか?ちょっと怖いけど、…でも嬉しいです」 「オレから教授に話は通しておく。ちゃんと体系立って教えるから、本とかテレビよりか分かりやすいと思う」 「僕からも言っておきます。大学に残っている後輩はまだいますから」 「ありがとう、キバナ、リョウタさん。レナさんに、ヒトミさんも。精一杯頑張ります」 「あんま無理しないで。でもオレ達みんなが過ごした場所だから、気に入ってくれると嬉しい」 あの大きな門の建物に…と顔を上気させて嬉しそうにガイドブックを見返す。あちこちに鱗を引っかけたドラパルトがほうぼうの体で逃げてきて、仲良く肩を寄せ合う。…やはりこの一人と一匹が離されることは、あってはならない。たとえ人の街の都合でも。ジムチャレンジとはまた違った目標を、あらためて決意しなおす。 「…妖精さんの呼び名、なんだか分かったような気がします」 「だろ?…オレが言うのもなんだけどさ、仲良くしてやってくれるか。今んとこオレとカブさんしか顔見知りがいないんだ」 「それはそれで贅沢な話ですが、是非。お友達になりたいです」 「私も!」 「生徒一号にならせてください!」 「それは却下」 「キバナさま!」 「その地位はオレさまなの!」 そうと決まれば、ドラメシヤ達にもたくさんアピールしなければ。いつかは親元を離れるとしても、まずはこの街を気に入って貰わなければジムリーダーの名がすたる。今後の作戦を練るべく、ナックルシティのページに夢中になっている二つの背中に割り込んだ。 ← ▼menu → |